第14話・第1節「仮面の使者と情報の代償」
森を抜け、丘の中腹にある小さな草原に差し掛かったときだった。
ルークスは立ち止まり、わずかに眉を動かした。
視線は周囲の木々へと滑り、次いで空の色を読み取る。
「……出てこい。匂いが風に乗ってる。隠れるなら、せめてもう少し離れた場所にしろ」
その声と同時に、草むらの影が揺れた。
やがて姿を現したのは、仮面をつけたふたりの人物──ひとりは女、もうひとりは男。どちらも全身を薄い法衣のような服で包み、肌を一切見せていない。
「お見事。さすが“遺構を開いた者”」
声は抑揚が少なく、どこか機械的ですらあった。
ルークスの手が剣の柄にわずかに触れる。
「名を、名乗れ」
「我々は“断章商会”。この地で“古き力”を研究・保存・流通する組織だ」
「……流通?」
「ええ、力は隠すべきものではない。“秩序”の名で独占されるべきでもない。適切な価値を見出した者が、正当な対価を支払い、それを用いる。──それが、我々の理念」
ルークスは表情を変えないまま問う。
「俺の前に現れた理由は?」
「簡単です。──あなたが“遺構を起動させた”から。我々の監視魔術がそれを感知し、あなたという“異常な波長”を記録した」
「それで……何が目的だ?」
仮面の男が手を広げる。
「交渉です。我々と組みませんか、ルークス殿。“あの遺構の真実”を共有し、さらなる知見と技術を手に入れる。……対価として、あなたが“その力を制御する術”を得ることもできる」
ミュリナが思わず一歩前に出た。
「その提案……とても“公平”には聞こえない。あなたたちは、何かを隠してる」
仮面の女が無言で首を傾げた。
その仕草が、人間的な感情を一切感じさせなかった。
「それは、交渉において“当然の処置”でしょう。すべてを開示する取引など、存在しません」
「……ならこちらも同じだ。“すべてを開示しない”ことにした」
ルークスの言葉に、仮面の男がわずかに肩をすくめた。
「残念です。我々は誠実な対話の機会を望みました。だが、それを拒むのであれば──次は“実力行使”も視野に入れなければなりません」
剣が抜かれるかに思われた、その瞬間。
仮面の女が、何かを投げた。
空中で翻ったのは、巻物状の紙だった。
ルークスが受け取り、開く。
そこには古文書のような記述と、魔術文字による地図が記されていた。
「それは“次の遺構”の在処。……我々が“次に向かう地”です。──もし、協力を望むのであれば、そこで再び会いましょう」
「そのときは、“交渉”ではなく、“戦い”になるかもしれないぞ」
仮面の男女は一礼し、風のように森の奥へと姿を消した。
──残されたのは、巻物と、重い沈黙だった。
ミュリナが小さく息を吐く。
「……ルークスさん、信じていいと思う? あの情報……」
「信じるかどうかじゃない。“使うかどうか”だ」
ルークスは地図の一部に記された紋様に目を凝らす。
「これは……王都の古魔術院が封じた印だ。つまり、やつらは王国が“危険すぎて隠したもの”に、手を伸ばそうとしている」
「……止めないと?」
「いや、止めるだけじゃ足りない。“そこに何があるか”を、俺たち自身が見極める必要がある」
彼の言葉には、もう迷いはなかった。
過去の記憶が欠けていようとも。
この力が“誰かの遺産”であったとしても。
今、確かにルークスは、“自分の意思”で世界を歩いていた。