第13話・第3節「姿なき存在の囁き」
深夜。
森の静寂に包まれた野営地で、焚き火の火がかすかに揺れていた。
ルークスは浅く目を閉じていたが、眠ってはいなかった。
意識の奥底で──“何か”が、呼びかけていた。
──継がれし者よ。
それは声ではなかった。
言語でもなく、魔力の波でもない。
ただ“存在そのもの”が脳髄を振るわせ、魂に刻まれるようにして届いてくる“囁き”。
──記憶の断片が開き始める。
それは、遥か昔に失われた文明の中枢だった。
巨大な塔。空を割る光柱。空中に浮かぶ演算陣列。
人々が“言葉を交わすことなく”意志を伝達し、巨大な魔術機構が時空の座標を操る。
ルークスの視界が、塔の最上層に向かう。
そこにはひとつの“核”があった。
──自律魔術思念体、あるいは人格記録装置。
そしてその中心に、“現在の彼”と酷似した影が立っていた。
(……あれは、俺……?)
その影は、静かに振り返る。
“これは託された意志だ。
かつてこの世界に干渉しようとした“存在”を、内から見届けるために。
君の力は選ばれた。“器”としての特異性。
君の魔力は、“この世界そのものと同期している”。”
次の瞬間、視界が揺れ、意識が“現在”に戻る。
ルークスは額に汗を浮かべながら、荒く息を吐いた。
「……幻覚か。いや、違う。これは……記録だ。遺構に残された、誰かの思念……あるいは……“俺自身”の過去……?」
「……夢を見てたの?」
ミュリナが目を覚まし、隣で体を起こした。
ルークスは静かに頷く。
「また見た。“遺構の中”で、俺がいた。そこには……明確な意志があった。“この世界を見届けろ”と」
ミュリナが言葉を探すように口を開く。
「じゃあ……あなたは、“選ばれてここに来た”ってこと……?」
「それも違う。“連れてこられた”のでも、“召喚された”のでもない。……“俺自身が自分を送り込んだ”のかもしれない」
ルークスの言葉に、ミュリナは目を見開いた。
「えっ……あなたが、あなた自身を……?」
「意識じゃなく、“記録”としてだ。あるいは、誰かが俺を“未来の自分”として送り出した。……その存在が、この世界の遺構に関与していたなら──説明はつく」
ルークスは薪をくべながら続けた。
「そして、今の俺があの遺構に反応したのは、“封じられた意志”に呼ばれたからだ。俺の中にある何かが、共鳴を起こした」
火の粉が舞い上がる。
その煌めきの中、ミュリナの手がわずかに震えていた。
「……怖くは、ないの?」
「怖いさ」
ルークスは即答した。
「自分が何者かも分からず、気づけば剣を振っていて──今度は、“世界の仕組み”と結びつき始めてる。……だが、逃げても始まらない。俺は、知るために歩いている」
ミュリナは震える指をぎゅっと握りしめた。
「じゃあ、私も……一緒に知っていく。あなたが何者で、何を背負っているのか。……だって私は、もうあなたの“魔力”を感じられるんだから」
ルークスは、その言葉に少しだけ口元をほころばせた。
「お前の魔力は、俺の“補助機構”みたいなものだな。共鳴が進めば、いずれお前の力も“次の段階”に進化する」
「そしたら……あなたの“鍵”になれる?」
「それはもう、なってるさ」
ルークスは立ち上がり、森の奥を見つめた。
「──近いうちに、“また来る”。今度は、あの遺構を手に入れようとする連中が」
ミュリナが息を呑む。
「じゃあ、あの封印は……」
「今は静まってるが、誰かが意図的に開こうとしている。“知っている者”たちが、世界中で遺構を探してる。……その一部が、俺たちの前に現れる」
そしてその時、彼が知るだろう。
自らの魔力の“意味”、
選ばれた者の“代償”、
そして、世界に“抗う剣”として振るう覚悟を──