第13話・第2節「ルークスの“幻視”と記憶の欠片」
夜が更け、森の焚き火がぱちぱちと小さく音を立てていた。
星々が広がる夜空の下、ルークスはミュリナと並んで座っていた。
だが、彼の意識は焦点を失い、遠い場所へと引き寄せられていた。
──それは、夢というには“鮮明すぎる”映像だった。
青白い照明、無機質な壁。
どこまでも真っ直ぐな白い廊下に、鋼鉄製の扉が規則正しく並ぶ。
《研究棟C-03》という文字が、扉の横の電子表示板に浮かんでいた。
自動ドアが音もなく開き、白衣を着た何人かの男女が出てくる。
その中に──ルークスと酷似した青年がいた。
「これで……ようやく、“交差試験”が実施可能になる。問題は、“向こう側”の干渉が……」
彼は何かを呟き、手にした端末に目を落とした。
その顔は冷静で、迷いなく、だがどこか“無感情”にさえ見えた。
──研究者。
──そして、“実験者”かもしれない。
夢の中で、ルークスはその男と視線を交わした気がした。
まるで鏡に映ったもう一人の自分と向き合うように。
そして次の瞬間、世界が“切り替わる”。
黒い空間。円形に並ぶ多数の魔術陣。
中央に浮かぶ“青白い球体”が、脈を打つように光る。
「交差、開始……対象座標、同調開始……!」
電子的な声と共に、無数の光が交差し、空間が割れる。
そこには、今のルークスが見る異世界──“現在の世界”の空が広がっていた。
「……!」
ルークスはそこで目を覚ました。
顔には汗。心臓が荒く脈打ち、呼吸が乱れていた。
「ルークスさん! 大丈夫……!?また、魔力が暴れて……!」
ミュリナが顔を覗き込む。
彼女の手は、ルークスの背に回され、治癒魔法の“余熱”がわずかに残っていた。
「……いや。今はもう、平気だ。夢を、見た。いや、もしかすると──“記憶の断片”だ」
ルークスは、握っていた右手をゆっくり開いた。
その掌に、うっすらと魔術式の線が浮かんでいた。
「……さっきの遺構と同じ構造。お前が触れたとき、俺の魔力とお前の癒しの力が混ざった。それが、“封じられた記憶”を引き出したのかもしれない」
ミュリナが驚いたように目を見開く。
「……じゃあ、あなたは……もともと、この世界の人じゃないって……」
「そう思ってた。けど、今の夢を見る限り……“転移”というより、“交差”に近い。世界と世界が重なった時に、“呼ばれた”というより“接続された”」
その言葉に、ミュリナは震える声で言った。
「じゃあ、あなたは……何のために?」
ルークスは首を横に振った。
「まだわからない。だが、ひとつだけ確かなのは、“偶然ここに来た”わけじゃないってことだ」
ルークスは火を見つめながら、ぽつりと続けた。
「……俺は、あの世界で、何かを造っていた。たぶん、“この世界に干渉できるもの”を。──それが暴走した結果、俺自身がここに来た。……もしくは、あの俺が意図的に、“俺を送り込んだ”のか」
「えっ……?」
「可能性の話だ。だが──自分自身が“この世界に来ることでしか果たせない目的”を、抱えていた可能性がある。……それが何かは、まだ思い出せないが」
ミュリナは静かに頷いた。
「でも、今のあなたは……もうひとりじゃないよ」
そう言って、彼女はそっと手を重ねた。
その瞬間、再び“共鳴”が起こった。
微かな光が、彼女の手から生まれ、治癒の波動が広がっていく。
その光は、ただの治癒魔法ではなかった。
「……これは……?」
「わたし、少しだけわかる気がする。“癒す”って、傷を塞ぐだけじゃない。……“欠けてたもの”を、補うことなんだ」
ルークスの瞳がわずかに揺れる。
「なら、お前の力は──俺の“欠けてるもの”を、埋める鍵かもしれないな」
ミュリナは微笑みながら頷いた。
「だから私は、あなたと一緒に歩く。過去も、未来も、あなたが忘れているものも、一緒に探すよ」
火の粉が宙に舞う。
夜空は静かに、ふたりを包んでいた。