第13話・第1節「不穏なる追跡者たち」
廃集落から離れて一時間ほど。
森を抜けた先の小高い丘に、ルークスとミュリナは腰を下ろしていた。
空は夕焼けに染まり、木々の影が地面に伸びている。
「……なんか、すごく静かだね」
ミュリナが、道の先を見つめながらぽつりと呟く。
「静かすぎる。──そして、風が止まってる」
ルークスは地面に手を当て、わずかに眉をひそめた。
「“音”が揺れてる。……尾行、三名。距離約四十メートル。動きは訓練されてる」
「魔物じゃない?」
「違う。人間、それも“情報収集が主目的の職種”。つまり──“監視官”だ」
ルークスは荷物を手早くまとめ、立ち上がった。
「動くぞ。意図的に接触する」
ふたりは道を外れ、木立の中に足を踏み入れた。
まるで“誘うように”動線を外すルークスの意図を読み、尾行者も動いた。
やがて、小さな泉のそばで、両者は正面から対峙することになる。
「──接触を希望する。抵抗の意志はない」
現れたのは、漆黒の外套を纏った男と女、そして後衛に控えるフード姿の魔術師風の男。
全員が王都紋章の“銀縁”を装飾に施していた。
「君が……“ルークス”だな?」
「それがお前らの知る名なら、そうだ」
「我々は王都直属・探索局・特例観測班。あの“遺構”の封印解除に伴い、観測結果が魔術網に干渉した。……君の魔力が“観測網に反応”したという報告がある」
ルークスは目を細めた。
「……王都は“魔術遺構の所在”を把握していたのか」
「存在だけは。だが“誰も干渉できなかった”。あれは本来、“沈黙した遺産”だったはずだ。──なのに、君の魔力にだけ、あれは応じた」
ミュリナがわずかに一歩踏み出す。
「あなたたちは、彼に何をしようとしてるの?」
「情報の提供と、分析。そして可能であれば──“回収”だ」
その言葉に、ルークスの目が静かに光る。
「回収……俺を、か?」
「安心してくれ。“物理的拘束”の意志はない。だが、君が“なぜあの遺構と共鳴したのか”、それを王都は解き明かす必要がある。──国家防衛のために」
「“国家防衛”か。“秩序の都合”じゃなく?」
探索官は答えない。
その一瞬の沈黙が、すべてを語っていた。
「……情報提供の見返りは?」
「君とその同行者の保護。そして、“過去に失われた記録”の一部へのアクセス権。──君が“元いた場所”に関する何かも、あるかもしれない」
ルークスの眼が鋭くなる。
──その言葉は、明確に“異世界転移者”であることを暗に認めている。
「──だが、条件がある」
探索官が続ける。
「王都に同行すること。そして、魔力の測定に応じること。それができないなら──君は、“未承認存在”として追跡対象になる」
その瞬間、空気が変わった。
地面が震え、周囲の空間がわずかに歪む。
「……!? ルークスさん!」
ミュリナが声を上げる。
ルークスの足元から、“異常魔力波”が突発的に噴き上がっていた。
「──これは、“遠隔干渉”だ!」
探索官の声が鋭く響く。
「誰かが、彼の魔力を通して“何かを試している”!」
ルークスは激しいめまいを覚え、膝をついた。
内側で、何かが──“開きかけていた”。
だが、同時に。
「──癒やして、あなたの力、私に少し預けて……!」
ミュリナの手が彼の背に触れる。
彼女の治癒魔法が、異常魔力を抑えるように流れ込んでいく。
ミュリナの掌が光を帯び、彼女の身体がわずかに震える。
「共鳴してる……私、あなたの力を受け取ってる……?」
──その瞬間、ルークスの中で“開きかけた扉”が、静かに閉じられた。
力は収束し、空気が元に戻る。
探索官たちは一歩後ずさり、互いに視線を交わす。
「……これは、やはり“ただの転移者”ではないな」
リーダー格の男が、低く呟いた。
「また接触する。我々は君を敵とは見ていない。……だが、“理解できない存在”は、いつか敵にもなる。気をつけてくれ」
彼らは風のように森へと消えていった。
──残されたのは、汗の滲む額を押さえ、静かに息を整えるルークスと、彼を抱えるように支えるミュリナ。
ふたりの間に、言葉はなかった。
だが今、彼らの“魔力”と“意志”は、確かにひとつのものになりつつあった。