第12話・第3節「東の廃集落にて」
日が傾きはじめた頃、東方の丘陵地帯に入った。
道はさらに狭くなり、両側を草木が覆う。
かつて人が通った道とは思えぬほど荒れ、今では獣道と変わらない。
ルークスは周囲の気配に注意を払いながら歩き、ミュリナも黙ってその背を追う。
やがて、地図上の位置──“エルト廃集落”に到着する。
そこは、完全に沈黙した集落だった。
建物は崩れ、草が伸び、窓はすべて黒く口を開けていた。
かつて村だった証は、朽ちた井戸と倒れた掲示板にしか残っていない。
「……人の気配は、ないね」
ミュリナが周囲を見渡す。
だがルークスはすぐに否定した。
「“人の気配”はない。だが、“何かの気配”はある」
空気が重い。湿っている。
風もなく、音もない。まるで時間が止まってしまったような感覚。
「魔力の濃度が高すぎる。……自然のものじゃない。これは、“封じられた何か”が崩れている」
ルークスは、村の中央──かつて集会所だった建物跡へと足を進める。
扉は失われ、床は半ば腐っていたが、奥には奇妙な構造の扉が隠されていた。
厚い石でできたそれは、外から塞ぐように金属の楔で打ち固められている。
「……これ、封印だよね?」
ミュリナが顔をしかめて尋ねる。
「そうだ。魔術式の封印と、物理的封鎖。……二重の仕掛けだ」
ルークスは楔の一本に手をかざし、指先に魔力を流す。
石の扉が、かすかに“共鳴”した。
──それは、ルークスの魔力に“反応した”のだ。
「……どうして?」
ミュリナが小声でつぶやいた。
「わからない。だが、この扉の封印は、“俺と同系統の魔力”で構成されてる」
「つまり、あなたと“同じ力を持つ誰か”が……?」
ルークスは目を細め、静かに言った。
「“俺と似たもの”が、この地に存在した──あるいは、今も存在している」
封印の中から微かに漏れ出す魔力は、脈を打つように呼応してくる。
それは言葉にならない“呼び声”だった。
──来い。
──ここに、真実がある。
ルークスは後ろに下がり、剣の柄に手を添えた。
「ミュリナ、距離を取れ。もし開ければ、何かが出る」
ミュリナは一歩下がり、すぐに治癒魔法の詠唱を始められる構えに入った。
ルークスは楔に触れる。魔力を流す。
封印術式がわずかに揺れ、石扉が軋んだ。
──だが、そのとき。
空気が振動した。
風が逆巻き、集落全体に“音のない咆哮”が響き渡った。
「──魔力が暴走してる!」
ミュリナの叫びと同時に、足元の土がひび割れ、赤黒い霧が噴き出す。
ルークスは即座に剣を抜いた。
「“式”が壊れてる……!誰かが途中まで解除して、そのまま放置された……!」
霧の中から、形を成さない“影”が現れる。
それは魔力の凝縮──“実体を持たぬ魔物”だった。
「ミュリナ、後方!絶対に前に出るな!」
ルークスは一歩前へ出て、剣を振る。
斬撃は空気を裂き、霧の中心を断ち切った。
影が一瞬、歪む。だが再び収束しようとする。
「なら──収束の“核”を断つ!」
ルークスは霧の中心に走り込む。
その剣に宿るのは、“自らの魔力”と“意志”だった。
一閃。
霧が爆ぜるように消失し、あたりの空気が元に戻る。
──静寂。
その余韻の中、石の扉はわずかに軋みながら、完全には開かずとも“隙間”を見せた。
そこには、魔術式の構造体が眠っていた。
円形の台座と、中央に浮かぶ“結晶の柱”。
「……これは、“ただの遺構”じゃない」
ルークスは言った。
「これは、“今もなお動き続けている”魔術機関だ。……もしかすると、“王都ですら知らぬ古代術式”の残滓かもしれない」
ミュリナが一歩近づき、息をのむ。
「あなたの魔力に反応してたよね……。まるで、あなたが“持ち主”みたいに……」
ルークスの表情が引き締まった。
──この魔力は、自分の過去と関係しているのか。
──それとも、自分が“今後関わる運命”を示しているのか。
いずれにせよ、この遺構は“偶然ここにあった”ものではない。
そう、確信できた。