第12話・第2節「旅路と、すれ違う者たち」
街道を抜け、森沿いの東道を歩く。
地図に示される表道とは違い、この道は旅人や流浪者が好んで通る、いわば“避け道”だった。
舗装もされておらず、地面は湿り、車輪の轍が浅く残る程度。
だが、森の匂いと鳥の鳴き声が、街の喧騒よりも遥かに心を休めてくれる。
ルークスとミュリナは、街を出てからほとんど言葉を交わしていなかった。
だが、それは沈黙ではなかった。ただ、音に頼らなくても、互いが“ここにいる”という感覚が強くあったからだ。
昼を過ぎた頃、先の道に荷車の列が見えてきた。
馬車ではなく、手押しの荷車。
数台を子どもや女たちが押している。男の姿は見えない。
ルークスは足を止め、軽く警戒した。
「……あれは?」
ミュリナが視線を細める。
列の最後尾、泥まみれのマントを羽織った少女が、重たそうな袋を抱えていた。
「……あれ、多分。避難民」
「戦争?」
「か、領地争い。あるいは、魔物被害の後かも……」
ふたりが近づくと、荷車を引いていた初老の女が小さく頭を下げてきた。
「通りすがりで申し訳ありません。……この先の廃集落に向かうおつもりですか?」
「そうだ。ギルドの依頼でな」
「でしたら──お気をつけて。……あの地には、もう“人の目”が届いていません。何が起きても、王都もこの街も、見て見ぬふりをします」
その言葉に、ルークスは眉を寄せた。
「何があった?」
「詳細は分かりません。……ただ、“戻ってきた者がいない”のです。調査に行った冒険者も、確認に向かった兵も、誰一人」
ミュリナがそっと少女の方を見る。
荷車のわきで、風に吹かれながら立っていたその子は、年のころは十歳か十一歳。肌は焼け、髪は短く刈られている。
その目に──かつての“自分”を見た。
「こんにちは。……重たそうだね、それ」
ミュリナがしゃがみ込み、少女に声をかける。
少女は一瞬、怯えたように目を伏せたが、すぐに小さく頷いた。
「兄ちゃんの服。……大事なもの」
「そうなんだ。……ねえ、少しだけ、私に力を貸してくれる?」
ミュリナはそっと手をかざし、魔力を流す。
袋の中にこびりついた匂いや泥がふわりと剥がれ、織り目が柔らかさを取り戻していく。
「……綺麗……」
少女が目を見開いた。
「君も、疲れてるでしょ。少しだけ、この薬草、持っていって。眠れるようになるから」
小さな包みを差し出すと、少女は震える指でそれを受け取った。
「ありがとう……」
ミュリナは微笑んだ。
その表情には、もう“庇護される側”の気配はなかった。
──癒す者として、旅をする。
その決意が、彼女の指先を柔らかくしていた。
ルークスは黙ってその様子を見守り、やがて小さく呟いた。
「……少しずつでも、救えるなら、それでいいのかもしれないな」
ふたりは列を過ぎ、再び東へと歩き出した。
空は高く、風は優しかった。
だが、その向こうにある廃集落の空気は、少しずつ“濁り”を強めている。
──まだ知らぬ“何か”が、彼らを待っていた。