第12話・第1節「新たな依頼と、過ぎ去る街」
朝霧のなか、ベルゼンの街に鐘が響いた。
ゆっくりと、しかし確かに“何かの終わり”を告げるような音だった。
ギルドの掲示板は珍しく静かだった。
昨日までの喧騒は影を潜め、並ぶ依頼票の中には、ほとんどが“雑務”や“日雇い護衛”のものばかり。
──だが、一枚だけ異彩を放つ紙があった。
【広域異常調査依頼:東方エルト廃集落にて魔力濃度異常、及び住民行方不明】
報酬:金貨20枚+任務終了後の成果報告により追加支給
備考:高難度につき推薦者限定公開中
ルークスはその依頼票を指でなぞるように見た。
「……東か」
カウンターの奥から、重い足音が近づいてきた。
「見つけたな」
カレド・ベリアス──ギルド支部長代理が、分厚い書類を持って現れた。
「これは、君に渡すべき依頼だった。だが、あえて“推薦限定”にしたのは、選ぶ時間を与えるためだ」
「選ぶ?」
「そうだ。“ここに留まるか、出ていくか”。……昨日のやり取りで、君が“この街でこれ以上動くなら”王都は確実に圧力を強める。だが、君が街を出れば……王都は追えない」
「──俺を保護するつもりか?」
「違う」
カレドはわずかに笑った。
「君がここにいると、この街が“保たなくなる”。ギルドも、都市も、王国も──全てが君を無視できない存在と認識してしまった。だからこそ、“今出ていけば、伝説になる”。そういう道もある」
ルークスは依頼票を手に取る。
「つまり、“追い出すわけじゃないが、出た方が得だ”と?」
「君の価値を、君が決めるなら、俺は“自由な選択肢”を示したまでだ」
そのやりとりのあと、ルークスは静かに宿へ戻った。
ミュリナは部屋で荷物の整理をしていた。
治癒薬の瓶、食料の乾物、布製の包帯と保存水。すでに“旅の準備”が整っていることに、ルークスは気づいた。
「……行くって決めてたのか?」
「うん。……私たちは“ここにとどまるため”に戦ったんじゃないよね。“進むため”に、ここを通っただけ」
ミュリナの言葉は柔らかいが、その奥に宿る芯は、数日前とは比べものにならないほど強かった。
「街に留まれば、また同じことが繰り返される。どんなに私が治しても、この街の傷はふさがらない。だったら、私は“別の誰か”を癒したい」
ルークスは黙って頷き、荷をまとめた。
その数時間後、ふたりはギルドを出た。
ベルゼンの東門は、夕陽に照らされて金色に染まっていた。
見送る者はいない。だが、いくつかの窓から、誰かが見つめている気配があった。
それを背に、ルークスとミュリナは門をくぐる。
「……この街、戻ってくることあるのかな」
ミュリナがぽつりと呟いた。
「あるさ。──戻る理由ができればな」
ルークスの声に、ミュリナは笑みを浮かべた。
その時、風が吹いた。
東からの風。それは、誰も知らぬ“新たな物語の気配”を含んでいた。