第11話・第1節「制裁と沈黙」
翌朝、ベルゼンの空は晴れていた。
空は澄み渡り、街路樹には柔らかな陽が差し、商人の呼び声と子どもたちの笑い声が交じる──
──だが、そこには“昨日までにはなかった沈黙”が潜んでいた。
ルークスとミュリナが宿を出た瞬間、街の空気はわずかに緊張した。
言葉ではなく、視線の重みで。
「……見られてる?」
ミュリナが不安げに尋ねると、ルークスは頷いた。
「見てる者と、見ていない“ふりをする”者が半々だ。……よくあることだ。街が変わる直前には」
それは、“誰がどちら側に立つのか”を試されている空気だった。
ギルドに足を踏み入れると、その雰囲気は一層あからさまだった。
カウンター奥の職員は視線をそらし、広間に集う冒険者たちは声を潜めるか、逆にあからさまな注目を向けてくる。
──英雄か、危険因子か。
どちらに“分類するか”を、彼らは測っていた。
「ルークス様、支部長代理カレドが、上階の会議室でお待ちです」
受付嬢が震える声で告げた。
その指先はかすかに白くなっており、どれだけの圧力がかかっているかが見て取れた。
ルークスは何も言わず、階段を上がる。
会議室の扉の前に立つと、中から静かな声が聞こえた。
「入ってくれ」
中にいたのは、カレド・ベリアス──支部長代理、そして王国とギルドの“板挟み”に立つ男。
彼の前には一枚の書状。王都の封印がされた“行政命令”の文書だった。
「まず、礼を言う。ミュリナ嬢が無事であったこと。そして、貴族派の私兵に手心を加えたこと」
「礼は不要だ。俺は“そうする”と決めたからそうしただけだ」
ルークスの返答に、カレドは目を伏せる。
「……だが、それでも都市は黙ってはいない。“秩序を乱した者”として、王都側から君への問責が届いている。──公には“戒告”。だが裏では“排除指令”が検討されている」
ルークスの瞳がわずかに細まった。
「この街で、俺はもう“歓迎されていない”か」
「そうとも、そうでないとも言える。街の人間は分かれている。“君のような者が必要だ”という声と、“これ以上の波風は困る”という声。……どちらも現実だ」
カレドは机の引き出しから別の紙を取り出す。
それは、ギルドの“特別登録者”に送られる異例の通達だった。
《ベルゼン支部外周滞在許可の更新、あるいは、他都市支部への自発的移籍の勧告》
──出ていけ、とは言わない。だが“この街で剣を振るえば、次は対処する”という意味だ。
「……選べ、というわけか」
ルークスはその紙を手に取ることなく、まっすぐカレドを見た。
「この街を離れれば、何が変わる?」
「何も変わらない。ただ、少なくとも君が“矛先の中心”にはならない」
ルークスは静かに息を吐いた。
「だが、“矛先が間違ってる”なら、俺はそれを正す」
カレドは黙った。
それが本心から出た言葉であることは、痛いほど理解できた。
「……では、君の“正しさ”が、この街の未来にどう影響を及ぼすか。私も見届けさせてもらおう」
ルークスは静かに部屋を後にした。
階段を降りると、広間の空気が少しだけ変わっていた。
一人の若き冒険者が、彼に視線を向けながら、わずかに頭を下げたのだ。
──言葉ではない。“立場”を示す、最初の行動だった。