表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/175

第10話・第3節「解放者、剣を掲げる」

屋敷の裏手、闇に沈む石壁を滑るように移動し、ルークスは風のように侵入した。

 隠し通路の存在は読み通り。魔力探知を“回避するように”作られた抜け道だ。

 ──つまり、それは“罪の道”だ。表から入れない客のために、裏から入る経路。


 扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を刺す。

 内部は静かだった。音はない。だが、空気は腐っていた。


 床を軋ませずに歩く。

 一歩、一歩ごとに、彼の心が静かに沸騰していく。


 ──薄暗い通路の奥、装飾を省いた扉の前。

 魔力による簡易封印が施されていたが、ルークスの指先がそれをなぞっただけで消滅する。


 (雑だな。王都の貴族にしては、“確信”が強すぎる)


 扉を開けた。


 そこに、いた。


 部屋の中央、粗末な椅子に縛りつけられた少女。

 光を遮る布が取られた瞬間、ミュリナの目にルークスの姿が映った。


 「……ルークス、さん……?」


 かすれた声。

 だが瞳は折れていなかった。怯えても、濁ってはいない。


 「すぐに、解く」


 彼が近づいたその瞬間──背後から刃の音が走る。


 「不法侵入者。貴様、何者──!」


 鋭く吠えた男は、私兵の隊長格。

 手には長剣、背には王都の貴族家紋が入った刺繍。──“儀式派”だ。


 ルークスは剣を抜かない。


 「名はルークス。放浪者。……だが、今この瞬間は“彼女の守護者”だ」


 「貴族の命に背くか? 王都の構造に逆らうと、何を失うか分かっているのか?」


 「俺は、“誰に仕えるか”で動いていない」


 ルークスは一歩前に出る。


 「この剣は、“人”を守るためにある。それ以外の命令には従わない」


 男が吠えるように切りかかる。

 だが、斬撃が振り下ろされる前に、剣が弾かれた。


 ──空気が裂ける音。


 ルークスの指先が一閃し、男の剣の根元を叩いた。

 鍔元が砕け、男の体勢が崩れる。


 そこに、“意志”を込めた一撃。


 剣は抜かず。拳も握らず。

 ただ、彼の気配だけが、“戦場”を制圧していた。


 「殺しはしない。だが、再びこの部屋に足を踏み入れたなら、そのときは“剣”で答える」


 男がうめき声を上げながら、壁に寄りかかる。


 ミュリナの縄を解いたルークスは、彼女の手を取る。


 「もう大丈夫だ。……遅れて、すまなかった」


 ミュリナはかぶりを振る。


 「違います。来てくれて、ありがとう。私は……あなたが来てくれるって、信じてたから……っ」


 涙が、一滴、落ちた。


 ルークスはそれを見て、ただ一度だけ深く頷く。


 「行こう。……この都市に、俺たちの“正しさ”を示す」


 その瞬間、外の空気が震えた。


 ──鐘が鳴る。


 祭の開幕を告げる、華やかな音色。


 だがその裏で、一人の“異物”が剣を掲げた。

 この街の秩序に、初めて“本物の疑問”を叩きつける存在が、静かに歩み始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ