表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/175

第10話・第2節「連れ去りと、咆哮のはじまり」

午後の空に、鐘の音が響いた。


 それは祭の準備を知らせる鐘であり、同時に“整列”と“服従”を促す、都市の号令でもあった。


 ルークスはギルドの裏路地にいた。

 日用品の補充と情報確認のため、少しだけ宿から離れていた。


 「戻るのに十五分か……まあ、何事もなければ」


 その言葉が、皮肉になるまで、あと五分もかからなかった。


 宿へ戻ったルークスの目に飛び込んできたのは、

 乱れた玄関、落ちたカップ、そして──誰もいない部屋だった。


 「……ミュリナ?」


 声は出た。だが返答はない。


 ルークスの視線が、机の上の紙片に吸い寄せられる。

 それは、切り取られたギルド掲示板の一部。


 “所有証明未登録の亜種存在は、緊急査問対象とする”

 “反応なき場合、移送または処理も選択肢とする”


 ──署名なし。印もなし。だが、文言だけで十分だった。


 (連れて行かれた……“儀式の素材”として)


 ルークスの拳が、静かに震えた。

 怒りではない。焦りでもない。

 それは、自らの“見積もりの甘さ”への、冷たい自己批判だった。


 「……選んだんだ。『守る』と」


 瞬間、彼は動いた。


 ギルド支部に戻ると、受付の職員が何かを言いかけたが、ルークスは一言で制した。


 「ミュリナが“消えた”。私兵の仕業か?」


 職員は顔色を変えた。だが口を閉ざす。


 「“何も知らない”で通すつもりか。ギルドごと“関与”を問うことになるが、それでもいいか?」


 ルークスの声は静かだった。

 だが、その静けさが“脅し以上の確実性”を伴っていた。


 職員が震える手で一枚の紙を差し出した。

 そこには、仮の私邸として王都使節が滞在している場所──貴族街第一区の屋敷番号が記されていた。


 「誰にも言ってません……お願いです。私には家族が……」


 ルークスは何も答えず、紙を握りしめて踵を返す。


 夕暮れの街を駆ける。

 目指すは、王都貴族派が滞在する“屋敷”──ミュリナがいるとされる場所。


 屋敷の前に着いたとき、空は赤く染まっていた。

 塀は高く、門番は二名。簡易な監視魔術も設置されている。


 (正面突破は愚策。だが、時間をかけて回り道をする余裕もない)


 そのとき、屋敷の裏手の木立に、一瞬の“魔力の揺らぎ”を感じた。


 隠し通路。


 王都貴族が“表向きの整合性”を保つために必ず設ける逃走経路。


 「──借りるぞ」


 木の枝を折る音すら殺し、ルークスは闇に溶け込む。


 その瞳には、“交渉”も“慈悲”もなかった。

 あるのはただ、“取り戻す”という一点。


 咆哮はまだ始まっていない。

 だが、それを知る者たちは、すでに胸騒ぎを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ