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第9話・第2節「イゼリナとの再会」

午後の陽が傾きはじめたころ、ルークスはミュリナと共に、王国中央文書館の一角に足を踏み入れていた。

 ここは都市の中でも異質な静けさを持つ場所であり、政治家や高官ですら不用意に足を運ばぬ“知の中枢”だった。


 本来、放浪者風情が立ち入るには分不相応な空間だ。

 だが、昨日の一件以降、ルークスの名前は“警戒リスト”と同時に、“特例行動許可者”にも記載された。

 ──矛盾するふたつの評価が、彼の存在そのものを物語っている。


 彼とミュリナは並んで歩いていた。

 薄暗い書架の間に差す光が、古文書の装丁を照らしている。


 「……こういうところ、落ち着かないですね」


 ミュリナの声が小さく響いた。

 彼女の手には、古い魔術医学書。自分の治癒魔法が“何に属する力なのか”を、ずっと探していた。


 「だが、街で生きるなら“知る”ことが必要だ。力を持っていても、意味を知らなければ利用されるだけだ」


 ルークスの言葉に、ミュリナは小さく頷いた。


 そのときだった。


 「……ようやく“言葉”を重ねる者の顔になりましたね、ルークス様」


 声がしたのは、後方の書架の陰。

 現れたのは、黒い外套に身を包んだ一人の女――イゼリナだった。


 灰色の瞳。冷ややかな輪郭。

 だが、その瞳の奥には静かに揺れる“火”のようなものがあった。


 ミュリナが息を呑む。だが、ルークスは動じなかった。


 「……監査局の特使が、こんな場所まで足を運ぶとは。俺に“何を見せたい”?」


 イゼリナは小さく笑った。


 「問いの立て方が良いですね。……私は“答え”ではなく、“選択肢”を示しに来ました」


 ルークスは書架にもたれかかり、黙して応じた。


 「あなたは昨日、ただのスラムに入って剣を抜いた。その剣は“人を殺すため”ではなく、“秩序を問うため”に振るわれた」


 「そして、王国はそれを黙認した。理由は、俺が“殺さなかった”からか?」


 「半分は正解。半分は、“あなたが秩序を代弁できる素質を持っていたから”です」


 イゼリナの言葉は、まるで論文を読むような冷徹さだった。


 「この国は、秩序で保たれている。だが、それは静的な秩序です。ゆるやかに腐りながら保たれている。──あなたはそこに“流動”を持ち込んだ」


 ルークスは黙ったまま彼女の言葉を待っていた。


 「王国は“あなたのような存在”を、見過ごすわけにはいかない。潰すか、利用するか、取り込むか。いずれかを選ぶ必要がある」


 「そのどれでもない道は?」


 イゼリナは微笑んだ。


 「あるかもしれません。……ただし、“あなたが選び続けること”をやめなければ、ですが」


 彼女の言葉は、どこかで彼自身の在り方と重なっていた。


 沈黙の中、ミュリナがそっと口を開いた。


 「……あなたは、ルークスさんを試しているんですか?」


 「いいえ。私はただ、見届けたいのです。“自らの矛盾を抱えたまま、生きようとする者”の行く先を」


 そう言ってイゼリナは、鞄の中から一冊の古い本を取り出した。

 表紙は擦り切れ、背には王国の魔術院の印がある。


 「これを貸与します。王国が認めた魔術分類の“例外記録”です。──あなた方の力が、既存体系にない“何か”であるなら、まずは“名付けること”から始めるといい」


 ミュリナが受け取ると、彼女は軽く背を向けた。


 「……また会いましょう、ルークス様。次にお会いする時は、“選択の先”を聞かせてください」


 そのまま、イゼリナは書架の闇に消えていった。

 音もなく、まるで最初から存在しなかったかのように。


 ふたりだけが残された。


 ルークスは長い沈黙の後、ぽつりと呟いた。


 「……“変える側”に回れということか」


 ミュリナは手の中の本を見つめ、ゆっくり頷いた。


 「……でも、私は信じてます。“あなたが選ぶ道”が、きっと“正しさ”になるって」


 ルークスはその言葉に答えなかった。

 ただ、胸の奥で何かが確かに“動き始めた”感覚だけがあった。

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