第9話・第1節「呼び出されたギルド本部」
翌朝、ベルゼンの街は薄曇りに包まれていた。
天気とは裏腹に、ギルド支部の空気は妙に張り詰めていた。
ルークスは受付に足を踏み入れた瞬間、視線を感じた。
昨日までとは違う。
羨望でも敵意でもない。──「評価」と「測定」だ。
受付に立つ赤髪の職員が、無表情で告げた。
「ルークス様。本日は、支部長代理より面会要請がございます。上階の会議室へどうぞ」
「了解した」
言葉は短く。態度は揺るがず。
けれど、ルークスの中には確かな警戒があった。
──あの“子どもたちを守った一件”が、都市の内部に波紋を広げ始めている。
案内された部屋は、窓のない石造りの応接室だった。
質素な円卓、肘掛け椅子が六脚。
その一つに、初老の男が座っていた。
白髪交じりの髪、くたびれた黒の礼服。
だがその視線だけは鋭く、沈黙の圧を伴っていた。
「来てくれて助かる。私はこの支部の管理代理、カレド=ベリアスだ。少し、話をしよう」
ルークスは椅子を引き、向かいに腰を下ろした。
カレドは言葉を選ぶように、ゆっくり口を開いた。
「昨日の件……正直に言って、賛否両論だ。君の行動は結果として“死者を出さずに”事態を収めた。しかし……」
そこで言葉を区切り、水を一口飲む。
「“規律違反”と捉える者もいる。“ギルドは政治に関わらぬ”のが建前でね」
ルークスは目を細める。
「なら、依頼を掲示した時点で“関わり”は始まっていたはずだ」
「──まさに、そうだ」
カレドは頷く。
「だから、私はこう考えている。……君は、従来の“冒険者”という枠に収まりきらない」
言葉の圧が強くなる。
「君の動きは、剣の技術、判断力、そして……何より“人を導く声”を持っている。君のような者が動けば、街が反応せざるを得ない」
「評価か、警戒か」
「どちらも、だ」
ルークスは黙った。
カレドはさらに言葉を重ねた。
「君の存在は、ギルドにとって“武器”にも“火種”にもなりうる。……中央本部は、君のデータを既に閲覧済みだ。遠からず、接触があるだろう」
「それで? 俺に何をさせたい?」
「何も“強制”はしない。ただ、“選択肢”を与える」
カレドの表情は柔らかくなった。
「君のような者が、この街の“希望”であってほしいと、個人的には思っている。だが……同時に、“危険”とも感じている者も多い」
「ミュリナも含めてか?」
カレドは眉をわずかに動かした。
「……あの少女も、君と同様に“秩序の外にいる”。だが、君と出会い、変わろうとしている。──その変化が“希望”であるかどうかは、まだ分からない」
ルークスは立ち上がった。
「伝えたいことは受け取った。だが、俺は誰にも従わない。必要とあらば、ギルドにも敵対する」
「……構わん。それが“君の矜持”ならばな」
ふたりの視線が交差し、やがてカレドは目を伏せて呟いた。
「この街は……長く澱んでいる。私のような人間では、もう変えられん。だが……君なら、あるいは」
ルークスは部屋を後にした。
階段を降りる間、彼の中にあったのは、確かな実感だった。
──自分という存在が、この街に“作用”し始めている。
ただ剣を振るうだけの放浪者ではいられない。
この街を“通り過ぎる者”ではなく、“意味を遺す者”として生きる覚悟が、知らず芽生え始めていた。