第7話・第2節「冒険者ギルドとの邂逅」
石畳の道を進むうちに、喧騒の中にも“ざらついた空気”が混じっていることに、ルークスは気づいていた。
市場に並ぶ商品は豊富で、露店の呼び声も賑やかだ。だが、目線の端にある“区別”と“階層”が、無言の暴力のように街を支配している。
そして、その縮図が向かう先にあった。
──冒険者ギルド、ベルゼン支部。
ルークスとミュリナが足を踏み入れると、木の扉が重々しく軋んだ。
中は広く、天井の梁が高く組まれ、壁には依頼掲示板と規約の書かれた板が並ぶ。
受付カウンターには職務に慣れた風の女性職員が数名。酒場スペースには昼間から飲む者や装備を手入れする者たち。
その一部が、扉の音に反応して顔を上げた。
視線が、ミュリナへと向かう。
その瞳には、興味、侮蔑、そして明確な“値踏み”があった。
ルークスは一歩も止まらず、カウンターに向かって歩いた。
ミュリナも、わずかに下を向きながらも、その背を追いかけた。
「冒険者登録を希望する」
受付にいた赤毛の女性職員が、淡々と応じた。
「初回登録には本人の魔力測定と、簡単な能力確認、過去の職歴申告が必要です」
「名前はルークス。出自不明。過去の所属なし。身一つで放浪してきた」
「……確認いたします。こちらへ」
案内されたのは、ギルド奥の小部屋だった。
部屋の中央には魔力量を測定する水晶球が鎮座し、隅には予備武器と簡易訓練用の藁人形がある。
「片手を水晶に添えてください」
ルークスは言われた通り、右手をかざした。
数秒後、水晶球の内部に光が集まり、鮮やかな蒼の輝きが部屋を満たした。
「っ……」
女性職員が思わず声を漏らす。
水晶は通常、魔力量に応じて淡い光を放つだけだ。だが今、それは“爆ぜるように強く、しかも制御された光”を放っていた。
「これは……」
ルークスは手を離しながら、冷静に告げた。
「測定不能であれば、そう記録して構わない。俺は“必要な分だけ”力を使う主義だ」
女性職員が言葉に詰まる。
「……規格外、ということで臨時特例枠を設けます。通常ランクはFからの開始ですが、当面はEとして記録します」
「それで問題ない」
記録が終わると、職員がふと顔を上げた。
「……お連れの方も、登録されますか?」
ミュリナがびくりと肩を揺らす。
「彼女は同行者で、戦闘には加わらない。ただ、俺と共に動く。……登録の義務はあるか?」
職員はわずかに考えた後、首を横に振った。
「いえ、ただ……その耳では、街中でいくつか問題が起きるかもしれません」
その一言に、ルークスの瞳が冷たく細められる。
「“問題”を起こすのは、街か、それとも人か?」
その静かな問いに、職員は言葉を失った。
──ギルドに戻ると、すでに数人の冒険者が二人を注目していた。
「おい、今の……ハーフじゃねぇか?」
「へぇ、最近はああいうのも連れてくるのか。……趣味かね」
「野生の女を拾ってきたってことか? 羨ましいな」
口元を隠して笑う者。
あからさまに品定めする者。
ミュリナの背筋が、音もなく固まった。
ルークスは、ゆっくりと振り返った。
「――話したいことがあるなら、俺に直接言え」
その一言に、室内の空気が一変した。
さっきまで笑っていた男たちが、目を逸らす。
気圧されたのではない。“殺気”ではないのに、“確信”があった。
この男は、絶対に容赦しない――そういう“空気”だった。
受付職員が慌てて割って入る。
「ルークス様、すでに登録処理は完了しました。初依頼は明日以降の案内となります。本日は、どうかお休みを」
「わかった」
ルークスはミュリナに目配せし、ギルドを後にする。
扉が閉まったあとも、ミュリナの手はわずかに震えていた。
ルークスが気づき、その手をそっと握った。
「……ごめんなさい。私がいなければ……」
「違う」
ルークスははっきり言った。
「“いなければよかった”と思わせるような世界のほうが、間違ってる」
ミュリナの瞳が、わずかに潤んだ。
けれどその中には、確かな光が宿っていた。