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第48話 第10節「偽神、審かれる刻」

 《天義騎士・零号個体》。

 それは“神に最も近い兵器”と称される存在だった。


 全高三メートル。黒曜石を思わせる深黒の装甲。その背に広がる四枚の光翼は、天使の羽根のようでいて、どこか異質な冷たさを帯びていた。顔の代わりに装着された仮面のような覆面からは、絶えず白い蒸気が漏れ、胸部中央には巨大な“聖印”が埋め込まれている。


 ルークスは剣を構え、言葉なく一歩前へ出た。

 その瞬間、空気が変わった。


 重圧。まるで空間そのものが“神の威光”として彼らを押し潰そうとしてくる。

 だが、その中でルークスだけは、凪いだ湖のような眼差しを保っていた。


 「来るぞ!」


 ジェイドの叫びとともに、零号個体が動いた。


 加速は視認不可能。質量を持った閃光が飛来する。

 セリナが咄嗟に結界を張るが、触れた瞬間、それは砕け散った。


 「っぐ……っ、速すぎっ……!」


 だが、ルークスの身体はそれを見切っていた。すでに彼の剣は逆手に構えられ、零号個体の突進を斜めから受け流すように軌道をずらした。


 「《反転斬・穿光断》!」


 カウンターとして放たれた一閃が、零号個体の側面を掠め、火花を散らす。しかしその装甲はびくともしない。


 「なるほど、今の斬撃でも通らないか。ならば――」


 ルークスの背後、ミュリナが魔術詠唱を開始していた。


 「《高位加護術式・天の鎧布エンゼル・ヴェイル》!」


 祝福の光がルークスを包み、彼の肉体に“神性抵抗”と“祝福共鳴”のバフが付与される。


 同時に、彼の左目が金に輝いた。

 それは、かつて神殿で受け取った“始源の視野”――神の教えを暴く者に与えられた力。


 「ならば、お前の中の“神の名を騙るもの”ごと、断ち切る!」


 ルークスの剣に、概念魔術が編み込まれていく。

 それは、“存在するべきではない虚構”を否定する力。


 「《虚無照破剣・断界》ッ!!」


 青白い光をまとった一閃が、零号個体の胸部を直撃した。


 聖印が瞬間、砕けるようにひび割れた。


 「……効いた!?」


 ジェイドが目を見開く。


 だが零号個体は、よろけながらも倒れなかった。むしろ、胸部からあふれ出る赤黒い蒸気が、周囲の魔力を歪め始めた。


 「……これは、“神格暴走”」


 ミュリナが青ざめる。


 「自壊寸前の状態で、周囲にある魔力を“聖なる呪詛”として変換し、都市規模の破壊を引き起こす……」


 「つまり、ここで倒せなければ、王都ごと吹っ飛ぶってことか……!」


 ルークスは剣を構え直し、ふたたび駆け出した。


 零号個体の仮面が割れ、中から人の顔が覗く。


 ――それは、かつて教会に仕えた聖騎士のものだった。


 「……記憶、の、残滓……?」


 その目は悲しみに沈んでいた。

 操られ、利用され、そして“神の名”を与えられて殺戮兵器となった者の――沈黙の慟哭。


 「お前の願い、無駄にはしない」


 ルークスはそう呟き、最後の構えを取った。


 「《虚壊終式・贖罪断絶ギルト・バニッシュ》!」


 刹那、光が世界を断ち、静寂が訪れた。


 零号個体は、その場に崩れ落ちた。仮面の裏の顔は、安らかに微笑んでいた。


 「……終わった、の?」


 ミュリナの声が震えていた。


 「いや――まだ始まったばかりさ」


 ルークスは静かに立ち上がる。


 「真の“神”を語るために。偽りを打ち破るために。俺たちは、前へ進む」


 礼拝堂の天蓋に光が差し込み、崩れ落ちた石柱の隙間から、一筋の風が吹き抜けた。


 それは、世界が新たな夜明けを迎える予兆のように――静かに、温かく彼らの背中を押していた。

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