第48話 第8節「真聖堂への潜入」
夜の帳が王都を覆う中、ルークスたちは“影の神殿”を後にし、目的地――中央教会の心臓部、《真聖堂》へと向かっていた。
真聖堂。それは王都の中心、七つの環状区画の最奥、《聖環区》にそびえ立つ白亜の巨殿。信仰の象徴として建てられたその大伽藍は、同時に“異端者を処断する鉄の裁きの塔”としての顔も持っていた。
「この道……人目が多い。だが、抜け道はない」
ジェイドが地図を睨みながら呟く。
「ここから先、正面突破は無謀です。裏門の警備も強化されている。地下の通路しか……」
セリナが囁くように続ける。
その案に頷きながら、ミュリナがルークスの袖を引いた。
「……私、案内できるかもしれない。“旧修道女寮”の地下通路、まだ残っていれば」
「旧寮……?」
「かつて、聖女候補だった頃に通された場所。あそこは正式な聖堂区画ではないから、教会の聖印警戒網には引っかかりにくいはず……」
その言葉に一縷の希望を見出した一行は、聖環区南端にある古びた修道院跡地に潜入する。廃墟同然の建物だが、地下に降りるとそこには厳重な封印魔法が残されていた。
「……魔封印の類か。だが、理論構造は古い」
ルークスは印を組み、右手に黒き魔力と金色の光を絡ませた。
「――《重層封解式・第七理層》」
淡く光る魔方陣が現れ、カチリと音を立てて結界がほどける。
奥へ進むと、そこは時間が止まったかのような静寂の回廊だった。石造りの壁に刻まれた古代語は、“真の教義”を記した予言詩。その詩文の一つが、ミュリナの目を引いた。
>――《選ばれし導き手、神の欺きを暴き、偽りの神殿を砕かん》
「……これって……」
「今までの道程、無駄じゃなかったってことさ」
ジェイドが微笑む。
やがて彼らは、通路の終点に到達した。そこは真聖堂の礼拝堂裏手、いわば“神に仕える者以外、決して踏み入ることを許されぬ空間”。
だが今、その静謐は破られようとしていた。
「扉の先は、真聖堂の“内核”だ。そこに“聖印管理機関”の装置がある。ここから先は、もう後戻りできねぇぞ」
ジェイドの言葉に、ルークスは静かに頷く。
「俺たちは、真実を知った。そして、それを伝えると決めた。もう逃げない」
セリナが杖を構え、ミュリナが聖印を胸に手を当てる。
「……光よ。私に、迷わぬ心を」
薄く開かれた扉の隙間から、白銀の礼拝堂が見えた。そこには人の姿はない。だが、空間全体に“見られている”ような圧が漂っていた。
「……気配がする。魔術式が、こちらの侵入を察知してる」
「よし。なら、一気に行こう」
ルークスが前に出て、扉を押し開いた瞬間――
光が爆ぜた。
瞬時に展開された結界の檻が、四方から襲いかかる。
「くっ……迎撃式か!?」
だがその刹那、ルークスの右目が黄金に染まる。
「《反響転写術式・逆位相》――砕け散れ!」
放たれた魔力が、空間の制御構造そのものを逆流させる。
結界が悲鳴をあげて崩壊した。
静寂が戻ると、そこには大理石の床、燭台の揺れる火。奥には《聖印管理機関》の中心核があった。
「これが……真聖堂の心臓か」
ジェイドが呟く。
「データを抜き出す。これがあれば、教会の“選別記録”と“異端抹消命令”の裏付けになるはずだ」
「でも、きっともう……敵も動いてる」
ミュリナが緊張に震える声で言った。
その通りだった。
礼拝堂の奥から、重々しい鎧の音が響き始める。
――教会が放つ“最終防衛兵”、《天義騎士》。
それは、人ではない。聖印と機構によって生み出された“人形の騎士”たち。
ルークスたちの試練は、まだ終わらない。