第48話 第6節「それぞれの決意、そして再び歩み出す」
水路の戦いが終わり、一行はひとまず安全圏と思しき空洞へと移動していた。そこはかつての貯水施設の一部らしく、崩れた柱と古びたレンガの壁が露出しているものの、天井の強度は保たれていた。
小さな篝火が灯され、ルークスたちはその周囲に腰を下ろす。
「……まさか、“裏界”の連中まで動き出すとはな」
ジェイドが口を開いた。彼の額には汗がにじんでいるが、その目には気迫が宿っていた。
「教会が、あそこまで異端を抱え込んでいるとは思わなかった」
「いや……抱え込んでいた、というより、利用していたんでしょうね」
セリナの声は静かだったが、その瞳は怒りに燃えている。
「“影教団”の粛清で得られた知識、裏界の呪術、それらを“自分たちの力”として取り込んでいた……矛盾してるわ。“信仰の象徴”を名乗る資格なんてない」
「ミュリナ……大丈夫か?」
ルークスが問いかけると、ミュリナはゆっくり頷いた。
「ええ。でも……さっきの戦いで、私は少しだけわかったの」
彼女は胸元に抱える“始源の聖典”をそっと撫でた。
「私は“力”としての祈りに頼りすぎていた。でも、あの瞬間……“言葉”に宿る想いが、空間の呪いを破ったの。あれは“誰かの教義”じゃなくて、私自身の信念だった」
「……自分の信じた言葉で、世界を照らしたってことか」
ルークスは微笑む。そして篝火を見つめながら続ける。
「俺たちがこれから直面するのは、“強さ”だけじゃどうにもならない敵ばかりだ。王家、教会、そして人の心……けど、だからこそ、信念がいる。貫く覚悟がなきゃ潰される」
その言葉に、全員が黙って頷いた。
「俺は進む。“真聖堂”へ、王都の中枢へ。真実を暴いて、もう一度、この世界を作り直すつもりだ」
「私も行くわ。……今度は、隠れるためじゃなく、“聖女”として、胸を張って」
ミュリナが力強く言う。
「俺もだ。いつの間にか、あんたと肩を並べるのが当然になってたみたいだからな」
ジェイドが笑い、矢筒を軽く叩く。
「もちろん私も。女神の名のもとに、教会の偽りに鉄槌を下す」
セリナもまた、その杖を強く握りしめる。
そして、ヴァシュが最後に口を開いた。
「……俺は元・影教団の人間だ。教会の影で人を傷つけたこともある。だが、あの“神殿の光”を見て、やっと理解した。“浄化”とは、命を奪うことじゃない……赦すことだ」
ルークスはゆっくり立ち上がる。そして、篝火の前に立ち、仲間を見渡した。
「俺たちの名は……まだ知られていない。だが、行動がすべてを変える。“選ばれし者”なんていらない。変えるのは、覚悟を持って歩む“普通の誰か”だ」
「なら、俺たちは……」
ジェイドが口を開くと、ミュリナが静かに微笑んで言った。
「“無名の聖旗”よ。名などいらない。ただ、命を救う者たち」
一同はその言葉に頷いた。
闇の中に灯る篝火が、彼らの影を優しく揺らしていた。
それはまだ細い光かもしれない。だが、確かに――“希望”だった。