第48話 第5節「黒き影と暁の旗」
地下水道の冷気が、湿った石壁を這うように吹き抜ける。ルークスたちは黙々と歩を進めながらも、その表情には決意と緊張が滲んでいた。
「……これから、俺たちはどこへ向かう?」
ジェイドが低く問う。水音が反響するなか、ルークスは前を見据えたまま口を開いた。
「“民の声”が届く場所――情報を集め、影響を与えられる場所だ。都市同盟の自由都市“エレヴァン”。そこには教会とは独立した報道機関と、地下議会が存在する」
「エレヴァンか……遠いが、希望はあるな」
ジェイドが納得したように頷いた。だが、その時――水路の奥、闇の中から“何か”が動く音がした。
「……足音?」
セリナが眉をひそめ、杖を構える。ミュリナもそっと聖典を懐にしまい、ルークスの背に立った。
ザッ、ザッ……ザリッ……
湿った足音。単なる水音ではない。“意志”を持った足取りが、確かにこちらに近づいている。
「来たか……“影教団”の残党か、あるいは教会直属の追撃兵か」
ヴァシュが静かに呟いた。その目は冷静に闇を見据えている。
次の瞬間、濃い闇が水路を満たす。
まるで黒い靄のように、それは地を這い、壁を包み、天井にまで染み出してくる。
「魔術結界……いや、“呪界”か!?」
ルークスが気づいたときには、すでに敵は現れていた。
黒い外套に身を包み、顔を仮面で覆った男。彼の手からは淡く紫がかった呪紋が漂い、空間を歪ませている。
「“裏界”の者……!」
セリナが叫ぶ。
裏界――それはこの世界に干渉する異なる次元にして、“旧神”が生きていたとされる伝承の地。現実とは異なる理を持つその空間の力を操る者は、教会内でも“最深の異端”として恐れられていた。
「この者たちが、“原初の教義”を手にしたか……ならば、神の名のもとに裁きを下す」
仮面の男の声は、無機質で冷たい。しかし、その魔力は尋常ではない。
「来るぞ!」
ルークスが前に出て、魔力を解き放つ。蒼い稲光が彼の周囲を走り、雷鳴のような衝撃が空間を満たした。
――が、それでも闇は消えない。
「チッ、こいつ……空間ごと“染めて”やがる!」
ジェイドが後方から援護の矢を放つが、闇に飲まれて弾かれる。
だが、その刹那――ミュリナが聖典を高く掲げた。
「我が祈りは、選ばれし者に非ず。等しき者のために!」
聖典が光を放ち、その光が空間の呪界を断ち割った。
男の動きが止まり、仮面越しに驚愕の気配が走る。
「その言葉……まさか、“古き聖女”の残響を……?」
ルークスが一気に間合いを詰め、拳に雷を纏わせて叫ぶ。
「これが、俺たちの“選択”だッ!!」
炸裂する雷撃が、男の結界を粉砕する。爆音とともに闇が消散し、男の体が吹き飛んだ。
しばらくして、水路には再び静寂が戻った。
「……終わったの?」
ミュリナが恐る恐る尋ねる。ルークスは深く頷いた。
「まだ“始まり”にすぎない。だが、今の一撃で……少なくとも、奴らにも“覚悟”を示せた」
“影教団”や“裏界の異端”さえも動き始めたことが、彼らの選択の意味を物語っていた。
もう後戻りはできない。
そして、彼らが目指すエレヴァンの空は、夜が明けようとしていた。