第48話 第4節「聖域の崩壊、そして導きの光」
爆風が背後で轟いた。振り返る間もなく、聖堂の天蓋が崩れ、白い閃光が夜空に突き刺さる。神罰の槍が次々と撃ち込まれ、地鳴りのような震動が神殿の床を走った。
ルークスはセリナの手を引き、瓦礫の狭間を抜けながら駆ける。ジェイドがミュリナを抱え、息を切らしながらも全力で走っていた。
「このままじゃ、崩落に巻き込まれるぞ!」
ジェイドの叫びが、粉塵混じりの空間に消える。振動とともに天井の梁が軋み、黒く焼け焦げた柱が一本、音を立てて崩れた。その破片がルークスのすぐ後ろをかすめ、砂煙が視界を奪った。
「こっちだ、抜け道がある!」
“囁かれし者”――仮面の情報屋ヴァシュが、廊下の脇から姿を現した。彼の手には、かつて封印されていた“影の聖典”が抱えられている。
「まさか、まだ残っていたとは……!」
「言っただろう。私は“真実”の証人として、ここまで来たんだ」
ヴァシュの顔に浮かぶのは、皮肉でも誇りでもない、ただ静かな決意だった。
ルークスたちは彼に導かれるまま、神殿の地下へと続く隠し階段を駆け下りる。狭い回廊の先には、小さな扉。その先は、地下水道へと繋がる逃走経路だった。
「くそ、ここまで用意してたのか……まるでこの日を予期してたみたいだな」
「予期じゃない、“いつか来る”と確信していた。あとは……君たちが選び取るだけだったんだよ」
ヴァシュの言葉に、ルークスは息を飲んだ。
――すべては、選ばれたのではない。選び取ったのだ。
暗い水路の中を進む彼らの背後で、聖域がついに崩壊した。土砂が流れ込み、神の仮面を被った支配の構造が、音を立てて崩れていく。
だが、誰も振り返らなかった。
「ねえ……これから、どうなるの?」
ミュリナが小さな声で尋ねる。その目には、恐れではなく希望が宿っていた。
「終わりじゃない。ここからが始まりだ」
ルークスが静かに答える。
「神の教えがどうあるべきか――誰がそれを決めるのか。俺たちは、それを問わなきゃならない」
セリナが頷き、ジェイドも口を開いた。
「俺たちには、“真実”がある。だがそれだけじゃ足りない。“伝える手段”と“守る力”が要る。まだ、やるべきことは山ほどある」
水路を抜けた先、外の空は未明の灰色を帯びていた。
聖域の背後から、崩壊した神殿の一部が黒煙を上げて沈んでいく。その様子を見届けながら、ミュリナは聖典を胸に抱いた。
「私……もう迷わない。あなたと共に、この真実を伝える」
ルークスは彼女に頷き、夜明け前の空を見上げた。
神の声が沈黙した世界に、今、確かな意思が生まれつつあった。