第48話 第2節「神の代弁者、大教主ミスラ」
真聖堂の地下――契約の聖域にて、空間が大きく脈動する。
振動は音を伴わず、空気が引き裂かれるように“理の層”を侵食してくる。石壁に刻まれた古の契約文が、光を放ちながら意味を失っていく。まるでこの地の“真理”そのものが、外からの意志によって塗り潰されるかのようだった。
「来るぞ……!」
ルークスがミュリナの前に立つ。
その背後、空間が割れるように開き、歪んだ光の中から一人の人物が現れる。
白銀の法衣。顔を覆う深紅の仮面。だが、ただ立っているだけで、空間そのものが震えていた。
「神聖王国中央教会・第十三代大教主……“ミスラ”か」
セリナが口を引き結ぶ。聖女である彼女にとって、その存在はただの権力者ではない。かつての“信仰の象徴”であり、自身を導いたはずの存在だった。
ミスラの声は、仮面の奥から響くように放たれた。
「やはり、ここに集ったか。裏切りの聖女、正義を騙る異端者、そして“人の理を超えた存在”よ」
視線はルークスへと注がれる。
「お前は……人ではない。人にして、人ならざるもの。よって、この世界の契約に立ち入る資格は、本来ならば存在しない」
「なら……俺がここに立ってる理由は何だ?」
ルークスの声には迷いがなかった。
「この場所が“人に隠された契約の地”なら、ここに立つ者は――“真実に触れる資格を持つ者”だろ」
ミスラの仮面が、わずかに傾く。
「……興味深い。だが、“選別”の理はすでに定まった。光は“選ばれし者”にのみ与えられる。それが、神が定めし真理」
「それは、お前たちが“神を名乗って”改ざんした理だろ!」
ミュリナが叫んだ。
「“選別”なんて、神は言ってない! “共存”が、本当の契約だったはず!」
その声に、空間が震える。
“契約板”が、ミュリナの叫びに反応するかのように光を放ち、聖域全体に“原初の波動”が広がっていく。
ミスラが右手を掲げた瞬間、無数の“神性の光”が空中に浮かび上がる。
それは剣でも魔術でもない、“神そのものの権能”。ルークスでさえ一瞬、体を固めた。
「ルークス、気をつけて!」
セリナの叫びと同時に、光が一斉に放たれる。
が――
「……効かないさ」
ルークスは腕を前に突き出し、白と黒の双極が交錯する盾を展開した。
“支配”と“共存”、ふたつの契約のエネルギーを同時に操る、唯一の存在――
「お前の“神性”は、一方だけの力だ。だが俺は、両方を抱えて立ってる。片方しか見ないやつに、真実は見えねぇ」
放たれた光の嵐は盾に吸収され、逆流していく。
「なっ……!?」
仮面の奥のミスラが声を漏らす。
だがその隙を、ルークスは逃さない。
「ミュリナ!」
「はいっ!」
彼女が契約板を掲げ、全身の魔力を転化させる。
「――《聖句解放・エル=プロトコル》!」
瞬間、空間全体に“契約の真理”が放たれた。
それは、かつて神が人に与えた“光”の本質。
誰かを選ばず、誰かを斬らず。すべての命に等しく降り注ぐ、かつての“祝福”――
ミスラの法衣が軋み、彼の体から黒い霧が溢れ出す。
それは、“大教主”の名の下にまとっていた偽りの神性が、原初の契約の前に崩れていく証だった。
「お前たち……何を……成そうとしている……!」
その問いに、ルークスはただ一言、こう告げた。
「“神を信じる”ことを、もう一度、人に返す」
それは、誰かに与えられた信仰ではなく、“選び取る自由”としての信仰だった。
そして――大教主ミスラとの戦いは、ついに決着の時を迎えようとしていた。