第48話 第1節「神無き契約の地」
王都中央部――表の聖教会が聖域と称する《真聖堂》。
その荘厳な尖塔の下、かつて神が降臨し人類に“契約”を与えたとされる聖地が眠っている。だが、その地下深く、誰も立ち入れぬはずの《封絶層》に、いま、異なる意志が踏み込もうとしていた。
転移の光の残滓を拭うように、ミュリナが足元を確かめながら言った。
「……ここが、真聖堂の地下……?」
視界に広がるのは、石造りの古代建築。整然とした柱列と、天井に描かれた“創世の壁画”。それらは教会が伝える聖典に描かれている内容とは大きく異なっていた。
「なにこれ……。女神じゃない。これは……“双神”?」
壁画には、二柱の神が描かれていた。一方は慈悲を湛えた女神、もう一方は中性的で無表情な存在。その両者が、手を取り合い“書”を掲げていた。
セリナが目を見開く。
「教会の教義では、“正義の女神レアリア”だけが契約の主だったはず……けど、これは……」
「違う。最初から、契約は“一神”じゃなかった。共に創り、共に統べる。けど……その片割れは、教会から消された」
“囁かれし者”が静かに言った。彼女はこの場の構造に詳しいようで、壁面に手を這わせると、わずかな継ぎ目を探り当てた。
「この奥に、契約の記録がある。真実の起源文書――《契約原初録》」
石壁が静かに軋み、隠し扉が開く。
中から現れたのは、まるで“星の核”のように光を帯びた球体装置。そして、その中心に封じられていたのは――一枚の“契約板”だった。
「これが……?」
ミュリナが息を呑む。
契約板には、神々の言語《原初言》でこう刻まれていた。
> 『万象は平等にあれ。力を授かる者、弱きを導くことを義務とす。
> されど、選別することなかれ。契約を裏切ること、罪にして罪にあらず。』
「平等……そして、“選別するな”……だって?」
ジェイドが呟く。「それじゃあ、今の教会の教義、まるごと真逆じゃねぇか」
「……これが、神の“最初の言葉”」
セリナが契約板を前に、ゆっくりと膝をついた。
「私たちは……一体何を信じ、何に従ってきたの……?」
その時、空間が震えた。
真聖堂上層から、強大な“神性干渉波”が迫る。ミスラではない。これは――もっと“根源に近いもの”。
「来たわね。“神の代弁者”――“大教主”その人が」
囁かれし者が剣を抜いた。
「逃げ場はない。ここで迎え撃つしかないわ」
そしてその時、彼らの背後にもうひとつの光が瞬いた。
――ルークスが、全身を傷と炎に包まれながら、立っていた。
「待たせたな。約束通り、来たぜ」
ミュリナの目が潤む。
「ルークス……!」
「全部終わらせよう。“神の言葉”を、誰のものでもなく――“すべての人のもの”にするために」
彼の瞳に宿る決意は、もはや誰にも揺らがなかった。
そして、真の神の契約を巡る戦いは――いま、最終局面を迎えようとしていた。