第47話 第8節「ゼロスの中の“声”」
ゼロスの胸部に手を当てたルークスは、闇と光を混交させた魔力を静かに流し込んでいく。通常の魔導干渉では決して届かない――構造の“奥”にある、核心領域へ。
彼の掌から伸びた力は、ゼロスの中枢炉――“神格回路”にまで侵入し、そこで渦巻く記憶と記録の断片に触れた。
――光。無垢な祈りの声。子供の笑い声。聖堂で響く鐘の音。
だがその美しい幻影は、次の瞬間に黒く塗り潰された。焰。血の臭い。聖印を失った者たちの絶叫。そして、感情のない審判が下される。
「……これは……!」
ルークスの精神が、ゼロスの内部へと“堕ちていく”。
そこはまるで、無限に続く白の迷宮だった。何千、何万という記録の光が点滅しており、そのひとつひとつが誰かの記憶、そして“審判の記録”だ。
ルークスはある一つの光に手を伸ばす。そこには――少女の姿があった。
白いローブを着たその少女は、かつて“教会の奇跡”と称されながら、“異端”の疑いをかけられ、粛清された存在――ゼロスの中に保存された、“最初の審判”対象。
《お願い……この世界に、もう一度“選ばれぬ者”の居場所を……》
その声が、ルークスの心を貫いた。
「……お前の中に、“祈り”があるのか……?」
ゼロスの動きが、一瞬だけ止まった。表面の装甲に、まるで“涙”のような滴が浮かぶ。
「解析不能……論理破綻……処理不能命令……認識崩壊……」
ルークスはさらに手を押し当てる。精神の奥底から、《影の真理式》の最奥領域――“共鳴拡張”を開放する。
「お前に“人の声”が届くなら……まだやり直せる!」
神域の空が割れ、全体構造が崩壊し始めているなか、二つの存在――ルークスとゼロス――の意識は完全に融合し、記録と記憶の迷宮の中で“対話”が始まっていた。
やがて――ゼロスの瞳から淡い光が漏れた。
「私は……何を……守っていた?」
「それを決めるのは、命令じゃない。お前自身だ」
ルークスの言葉に応じるように、ゼロスの体から力が抜け、周囲の空間が静かに沈静化していく。
「認識改定……任務解除。自律選択プロトコル……起動」
ゼロスの体から装甲が剥がれ落ち、そこには“人の姿”を模した青年のような形が残された。
「……俺は、何者だったのか」
彼の言葉に、ルークスは静かに応える。
「今から、お前自身で見つければいい。俺たちと共に歩みながらな」
神域に残されていた“第二の神格審判者”は、今――“一人の命”として再び歩み始めようとしていた。
セリナがその背中を見つめながら、小さく微笑む。
「……これが、私たちが信じた“教え”の、本当の形かもしれないわね」
そして、黒殻街の神域の空は静かに崩壊し、完全なる終焉の時を迎えた。
だがその中で、確かに“ひとつの再生”が始まっていた。