第47話 第6節「“神”が砕けた日」
爆裂の余韻が神域を震わせる中、仮面を砕かれた“神格審判者”は、まるで生まれたての子のように膝をついていた。
目は虚空を彷徨い、身体の震えが止まらない。
「……ここは……どこだ……俺は……誰だ……」
肉体は神格構造の一部として再編されていたが、その奥底にある“人の魂”は、再び目覚めようとしていた。
「ルークス……どうするの?」
ミュリナが不安げに問いかける。彼女の手には治癒魔法の光が灯っていたが、それを誰に向けるべきか迷っているようだった。
「このままでは……彼の精神は再び“支配”される」
“囁かれし者”が警告する。
「神格コードの影響は、脳だけでなく魂そのものに刻み込まれている。今は“自己”を取り戻しかけているが、それも時間の問題……」
「ならば」
ルークスは、神格審判者の前に歩み出た。
その手にあるのは“影の聖印”――教会の偽りを打ち砕き、真理の教義を灯す象徴だった。
「もう一度、名を取り戻せ。“お前”の中にある言葉で」
「……名……」
神格審判者の唇が、震えながら音を紡ぐ。
「ア……ル……ノ……」
「アルノ?」
ジェイドが目を見開いた。
「……俺、アルノ=グラフィア。王立魔術院、先導騎士団所属……だった……」
「まさか……!」
“囁かれし者”の声が震える。
「彼は、“神格計画”初期の適合者よ……私が……かつて止められなかった、最初の犠牲者」
その告白に、場の空気が変わる。
誰もが、戦うべき相手がただの“機械”ではなく、“過去に奪われた命”であったことを思い知らされる。
「俺たちは、もう一度、君を“人”として迎えたい」
ルークスの声が届いた瞬間、神格審判者――アルノの身体が淡く発光した。
《神格コード――遮断信号、受信》
《魂核同期レベル:解除フェーズに移行》
「始まった……魂の再統合よ!」
“囁かれし者”が叫ぶ。
だが、同時に空間の重力が歪んだ。
上空から突如、異常な魔力の波動が降下してくる。
「っ……なんだ、この圧……!」
神域の空が割れ、“聖印連結炉”を背負った巨大な影が姿を現す。
「まさか……もうひとり、“神”が……!」
ルークスの瞳が鋭くなる。
その存在は、完全なる“機械の神”だった。
「来たか……“第二の審判者”」
アルノの声が微かに響く。
「ルークス……このままじゃ、俺はまた“戻される”……! だから……」
彼の手が、ルークスに向かって伸びた。
「俺の“魂核”を……砕いてくれ。今のうちに……!」
「何を……言ってる!」
ミュリナが叫ぶ。
「君は……人間なんだよ!? やっと取り戻したんだよ!? こんな……こんな結末、誰が……!」
だがルークスは――首を横に振った。
そして、ゆっくりとアルノの手を握る。
「砕かないよ。お前の魂核は……俺が守る」
「だが、第二の神格審判者は……!」
「俺が迎え撃つ。だが、それはお前の命が無意味になるような戦いじゃない」
ルークスの背に、黒き光が宿る。
それは“影の聖印”と“真理の教義”が混ざり合った、新たなる概念魔法。
「神格の因果を、俺が断ち切る」
彼はそう宣言した。
それは、ただの誓いではない。
“神”に抗う、人の希望そのものだった。