表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/175

第6話・第2節「森の境界と“最初の門”」

森の南東は、想像していた以上に険しかった。

 木々は絡み合い、根が地面を盛り上げ、湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく。

 それでもルークスとミュリナは、足を止めなかった。


 獣道のような細道を見つけると、ルークスは魔力の流れを読むように進んでいく。

 ミュリナもまた、注意深く植物や地形の変化を観察し、進行方向に危険がないかを確認していた。


 ──二人は、すでに“旅の仲間”だった。


 やがて、森の木々が途切れ、開けた視界の先に石造りの遺構が現れた。

 半壊した門。崩れた外壁。その中央には、苔に覆われながらも厳かな佇まいを保つ台座があった。


 「……ここだ。王国の境界、“第七封印監視門”」


 ルークスが呟く。

 かつて一人で訪れたときには気づかなかった魔力の変動が、今はよりはっきりと感じ取れる。


 近づくと、台座の中央に埋め込まれた魔石が、微かに光を灯した。

 同時に、背後の茂みが不自然にざわめいた。


 「止まれ!」


 鋭い声が森に響いた。


 草陰から現れたのは、王国の紋章を掲げた鎧姿の兵士たちだった。

 三名。全員が剣を抜き、警戒を崩していない。


 「この地はヒュベルノ王国の監視区域。正体不明の者は立ち入りを禁ずる」


 ルークスは一歩前に出て、両手をゆっくりと上げた。


 「敵意はない。俺たちは森の中で目覚め、こうして境界に辿り着いただけだ。名はルークス。放浪者だ」


 兵士たちの視線が鋭くなる。

 その中の一人が、ミュリナを見てわずかに目を細めた。


 「その女……耳が尖っているな。種族は?」


 ミュリナが身を縮めるようにして、ルークスの背に隠れた。

 その仕草に、兵士の表情がわずかに歪む。


 「ハーフエルフか。──なるほど、奴隷落ちから逃げてきた口だな」


 無遠慮なその言葉に、ルークスの瞳が鋭く光る。


 「……“人をどう見るか”は、その人の本質を語るものだ。少なくとも、お前のそれは“兵”の品性ではない」


 剣の柄に手をかけた兵士に、隊長格と思われる男が手を挙げて制した。


 「やめろ。……この男、只者ではない」


 隊長はルークスをじっと見据えながら言った。


 「放浪者……と名乗ったな。だが、動きが静かすぎる。足跡ひとつ残さず、気配もほとんど感じなかった。……軍出身か、それとも裏か?」


 「どちらでもない。過去は捨てた」


 ルークスの返答に、隊長は唇の端を持ち上げた。


 「そうか。“放浪者”か。いい名だ。……だが、我々にも立場がある。この接触は、しかるべき者に報告せねばならん」


 隊長は視線を外し、部下に目配せした。


 「お前たちは一度ここを離れろ。ただし、以後の監視は続けさせてもらう」


 ルークスは頷いた。


 「構わない。俺たちも、この世界がどうなっているのかを知りたい。それが“接触”の対価なら、受けよう」


 隊長は剣を納めると、軽く礼をして背を向けた。

 兵士たちもそれに続き、森の中へと姿を消していった。


 ──静寂。


 ルークスとミュリナは、その場にしばらく佇んでいた。

 緊張の余韻が、肌にまとわりついていた。


 やがて、ミュリナがぽつりと呟いた。


 「……私、あの言葉、怖かった。でも……背を向けなかったルークスさんの背中を見て、私も怖がるだけじゃいけないって思えました」


 ルークスは目を細め、彼女の頭を優しく撫でた。


 「お前が俺の背にいてくれたから、俺は剣を抜かずに済んだ。ありがとう」


 ふたりの間に、言葉より深いものが流れる。


 そして、ルークスは遠くの空を見上げる。


 「行こう。──この森の外に、本当の“世界”が待っている」


 ミュリナがうなずく。


 ふたりは、風に揺れる草原の向こうへと足を踏み出した。

 それは、ただの旅立ちではなかった。


 それは“選んで生きる”という、ふたりの新たな生き方の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ