第47話 第4節「神域の最深層、“神格審判者”」
黒殻街の地下深く、《沈黙の水路》を抜けた先にあったのは、かつて王族すら立ち入ることを禁じられた“最下層神域”だった。
そこは広大なドーム状の空間であり、天井から吊るされた魔導灯が、青白い光を無数の柱とアーチに投げかけていた。人工であるはずの構造なのに、まるで“神殿”という言葉すら俗に聞こえるほど荘厳だった。
「……まさか、こんな場所が王都の地下に存在していたとはな」
ジェイドが呆然と呟いた。
「教会の表に出ている施設は、すべて“外殻”。本当の《聖域》はここ……中央聖印核に最も近い空間よ」
囁かれし者の言葉に、ミュリナが苦しげに眉をひそめる。
「空気が……重い。まるで、神殿全体が生きていて、私たちを測ってるような……」
彼女の懸念は、すぐに現実になる。
ギィイイン、と金属が軋む音。
神域の中央、祭壇を囲うように立つ七本の柱のうち、一つが沈み、代わりに台座が競り上がる。
そこに、圧倒的な存在感を持って現れたのは――
「……あれが、《神格審判者》か」
ルークスの視線が強張る。
現れたのは、人の姿に似せて造られた巨大な“神造自動機”だった。三対の腕を持ち、全身は純白の装甲に包まれ、頭部には表情すら刻まれていない仮面。だがその仮面の奥から、誰かの“意思”がこちらを見下ろしているような錯覚を覚える。
《――審問開始。汝らの罪を、神に代わりて量る》
音声は無機質でありながらも、言葉の一つひとつに絶対的な“命令”の力が宿っていた。
「くるぞッ!」
瞬間、六本の腕が展開し、光の槍が召喚される。それらが雨のように放たれ、ルークスたちは各々に散開。
「ミュリナ、支援を頼む!」
「《清き庇護の結界、展開――》!」
彼女の魔術詠唱とともに、光の障壁がチームを包む。そこへジェイドの魔力矢が、一瞬の隙を突いて放たれた――が、神格審判者の左腕が動き、空間を捻じ曲げる。
「ッ!? 矢が――曲がった!?」
「次元干渉だな……!」
ルークスが素早く解析し、術式を再構成。すかさず《時限解放・封殺結界》を展開し、神格審判者の周囲を封じにかかる。
「“神の使い”ごときが、魔術を模倣するか……だが、真理には届かない」
静かに呟きながら、ルークスは詠唱を開始する。
「《概念支配式――万象圧縮:白の臨界点》」
ルークスの周囲に白い魔法陣が展開されると、空間そのものが揺れ始めた。神格審判者の装甲に圧力が集中し、装甲の一部が軋む。
「効いてる……!」
だが、次の瞬間――
《干渉認証確認。汝、概念位階に踏み込んだ存在と認定。警戒レベル――《白》から《黒》へ移行》
空間全体が軋み、神格審判者の“仮面”が割れる。
その奥に見えたのは――“人の眼”だった。
「まさか……中に、人間が……?」
ルークスの中に、初めて“恐れ”が走る。
これは、ただの自動機ではない。教会が“神の代理”として創り上げた、機械と生体の融合体。
「……これは、“神の器”の試作品か?」
そう――それは、教会が“真なる神”を降ろすために造り続けている“生贄の器”。
この神格審判者こそ、その“予兆”にすぎなかった。
「やはり、すべては繋がっている……!」
戦いは、まだ始まったばかりだ。
だがその向こうに、確かに“教会の真実”が見え始めていた。