第47話 第3節「沈黙の水路、裁くは無慈悲な機械」
翌夜、ルークスたちは月の光を背に《沈黙の水路》へと足を踏み入れた。
そこは王都セラフィアの地下に広がる、かつて魔法文明が築いた排水機構の遺構。だが今や、水は流れず、苔と鉄錆と黴の匂いが充満する、名の通り“沈黙”の世界となっていた。
「……まるで墓所だな」
ジェイドが小声で呟く。声はすぐに湿った石壁に吸い込まれ、まるで返事すら許さないかのように消えた。
ルークスは視線を前に向けたまま頷く。
すでに彼の《魔力視》は起動しており、目では見えない魔力の流れが視界を染めていた。
「……来る。三体。左の分岐からだ」
その言葉と同時に、金属の足音が反響した。ガン、ガン、ガン――重厚な鉄が石床を踏みしめるような音。
闇の中から現れたのは、三体の《審問官型人形兵》だった。
全身を黒銀の装甲で覆い、その顔には表情どころか開口すらない。
ただ、胸部の《聖印核》が淡く脈動し、そこから機械的な声が響く。
《――侵入者、発見。認証コード確認中……コードエラー。対象、異端認定》
「速攻で片付けるぞ!」
ルークスが叫ぶと同時に、セリナが疾駆した。剣に光を宿し、重装の審問官の関節部を狙って斬り込む。
「やるなら――今しかないッ!」
ジェイドは矢を番え、強化術を重ねた魔力矢を放つ。一体の胸部を正確に撃ち抜き、《聖印核》が爆ぜる。
「一体、撃破!」
だが、残りの二体が同時に魔導術式を起動させた。肩部が開き、圧縮した聖火弾が発射される。
「くっ……!」
爆ぜる閃光。だがその直前、ミュリナが祈りを捧げていた。
「《聖盾結界――ルミナス・フォートレス》!」
光の障壁が展開し、爆風を防ぐ。が、反動でミュリナの足が崩れた。
「ミュリナ!」
ルークスはすぐさまその横に滑り込み、残る一体を睨む。
「《重力圧縮――グラビティ・ブレイク》!」
空間が捻れ、人形兵の脚部が潰れる。そこへ、セリナの一閃が襲いかかる――
「《斬鉄閃・参式》!」
音すら追いつかない速さで装甲を切り裂き、二体目も沈黙した。
残る一体は膝をつきつつ、最後の詠唱を行っていた。
《対象への“粛清命令”を――王都管轄中枢へ送信……開始……》
「やらせない!」
ルークスが高速詠唱を中断させるべく《魔力逆流弾》を放つ。術式中枢に衝突し、術式は強制停止。
ジェイドの矢が追撃となり、最後の一体がついに崩れ落ちた。
静寂が戻った。
ミュリナの呼吸は荒かったが、すぐに治癒術で立ち直った。皆、大きな負傷はなかったが――
「……この程度で、前哨戦か」
ルークスが呟いた。
「地下水路の先が《神域》の最下層ね。ここからが本番」
囁かれし者の声が響く。
「そこには、聖堂最強の番人《神格審判者》が待っている。しかも今度は……《本物の聖印》を使う存在よ」
ルークスは静かに剣を抜いた。
その刃に映るのは、仲間たちの顔。そして、かつて失われたものたちへの“誓い”。
「行くぞ――“偽りの光”を、ここで終わらせるために」
その言葉を合図に、ルークスたちは再び闇の奥へと歩みを進めた。