第46話 第9節「その名を刻め、神に抗う者として」
神造兵アグレオスの崩壊は、まるで時代そのものが崩れ去ったかのようだった。
崩落した天蓋から差し込む光は、無数の浮遊する聖印の欠片に反射し、神殿の内部を神秘的な輝きで満たしている。しかし、その光はどこか哀しげで――敗れた“神”を弔う鎮魂の光のようにも見えた。
ルークスは静かに拳を握る。
その手には、アグレオスの中枢部から奪い取った《神核結晶》が、淡く輝きを放っていた。
「これは……まだ動いている」
ミュリナが恐る恐る声を発する。神核は完全には死んでいない。
だが、ルークスは首を横に振った。
「違う。“死んでない”んじゃない。“眠った”だけだ。完全な破壊は不可能だろう。これは神の欠片――神性そのものだからな」
彼の視線は、そのまま遠く、かつて自らが見た“光の記憶”の中へと向かっていた。
――それはかつて、神と人とが等しく生きた時代の断片。
《神核結晶》はただの兵器ではない。これは、かつて神が“人に託した力”の象徴。
それが歪められ、制御され、管理された末に“教会の道具”となったにすぎない。
「俺たちは、ただ過去の遺産と戦っていたわけじゃない」
ジェイドが言う。
「この国に残る、“支配の象徴”そのものを打ち砕いたんだ。教会も、王国も、もう以前と同じ形ではいられない」
「でも、これからどうするの……?」
ミュリナの問いは、純粋な不安だった。
この勝利が、彼らに何をもたらすのか。新たな敵を呼び寄せるのか、それとも――
「まずは、真実を広める。中央都市に戻り、“真の教義”を持つ者たちと連携する」
ルークスの声は揺るぎなかった。
“囁かれし者”から受け取った《始源の聖典》、それに付属した《聖印管理機構の設計図》《異端者追放リスト》。それらは、教会という巨大構造を内側から暴くに足る武器となる。
「俺たちが成すべきは、“打ち倒す”ことじゃない。“正す”ことだ」
その言葉に、ミュリナもジェイドも、そして彼らに同行していた元《灰の剣団》の戦士たちも頷いた。
そして、誰からともなく立ち上がる。
崩れた神殿の中央。
アグレオスの残骸が散らばる聖域の跡で、ルークスは《神核結晶》を高く掲げた。
「俺は――ルークス。“神に抗う者”として、この名を刻む」
その宣言に、誰もが静かに息を飲んだ。
その瞬間、残骸の中に埋もれていた“祈りの鐘”が、ひとりでに鳴った。
かつてこの地で命を落とした“真の聖女たち”が、その行いを讃えているかのように。
ルークスの周囲に、淡く光る文様が浮かび上がった。
《祝福の再臨》――それは、人と神の契約の象徴。
だがそれは、誰かから与えられたものではない。
ルークス自身が、“自らの意思”で掴み取った祝福だった。
そして、新たな戦いが――始まろうとしていた。