第46話 第5節「告発と証明」
審問の鐘が鳴った。
王家の臨時裁定により設置された円壇法廷。その中央には、ミュリナが座し、手元の聖典――“始源の聖典”を静かに開く。
審問官としてその場に立つのは、第三王女セラ・エルディス。その隣には、記録官として近衛筆頭官エルドが控えていた。王家直属の文官であり、法的効力をもつ記録を扱う存在だ。
そして告発の被告として名を呼ばれたのは――枢機卿ギルゼン・ローデル。
「本日ここに、中央教会枢機卿ギルゼン殿を告発する。容疑は――教義の歪曲、神聖記録の隠蔽、異端者の違法追放、および聖印の不正運用」
セラ王女の宣言に、民衆のざわめきが広がる。
「ふん……貴様らなどに教会の正義が測れるものか」
ギルゼンは椅子に深く腰掛け、目を細めていた。その背後には一部の上級神官が並び、眉間に皺を寄せている。
「“正義”ではなく“事実”が測られる場です。ここに提出された証拠は、王家印付きの記録石、聖印管理機構の設計図、そして異端追放対象となった者たちの記録全件」
エルドが記録石を台座に置くと、空中に映像が浮かび上がる。
そこに記されていたのは――
「……追放者、五百三十七名。内、真の異端とされた者は……僅か十一名?」
「そんな馬鹿な……!」
会場に息を呑む声が走る。
映し出された証拠は、教会が“異端審問”と称して私刑を繰り返してきた実態を明らかにしていた。
民間の治癒士、自然信仰を信じる集団、さらには教会とは別の独立神学を研究していた学生――その多くが、証拠不十分のまま“処理”されていたのだ。
「これが……あんたたちのやってきた“正義”か?」
ジェイドが低く唸る。
だが、ギルゼンは動じなかった。
「知識は毒だ。民は導かねばならぬ。自ら考え始めれば、国は乱れ、信仰は瓦解する」
「それを“神”が望んだと?」
ルークスが口を開いた。
「教義に従えば、神はすべての命に平等な光を与える存在だったはずだ。だが、あんたたちはその光を“選ばれた者”にしか届かないものに変えた。教義の意図的改ざん、それが事実だ」
「我らは秩序を守ったにすぎん。選ばれぬ者が力を持てば、魔族と同じ災厄を再び招く――!」
ギルゼンが語気を強めたその瞬間、記録石が“もうひとつ”の映像を投影した。
それは――教会内の極秘会議の記録。
『選民思想の教義強化について――神威転写計画の進捗を踏まえ、次代聖印候補は貴族子弟に限定するよう』
『教えは民のためにあるのではない。我々の“支配装置”として整備する必要がある』
……沈黙。
会場が、完全な静寂に包まれる。
「……これは」
セラ王女が口を押さえ、震える声で言う。
「神の教えを、民ではなく、貴族のために……?」
「ええ。これが今の教会の“真実”です」
ミュリナの声は、涙交じりだった。
「私は、かつて信じていました。教義は人を救うものだと。けれどその裏で……家族を失った人も、未来を奪われた子供もいました」
そして彼女は石壇の上に立ち、聖典を掲げる。
「神は、私たちに問いかけています。信じ続ける価値があるのは、どちらの“教え”かと」
「う……うるさい!」
ギルゼンが立ち上がるが、その時。
《聖印》が砕けた。
ギルゼンの胸元に浮かんでいた“神威の印章”が、ひとりでに砕け散ったのだ。
「ば、馬鹿な……これは……神の加護が……!」
「いいえ。神が、あなたに見切りをつけたんです」
セリナが静かに言った。
その瞬間、群衆の誰かがつぶやいた。
「……聖女様……!」
「……新たなる教えの……光だ」
やがて、群衆の間に広がる一斉の祈り。
それは、“教会”ではなく――
《真の神意》に導かれた、“新たな信仰の胎動”だった。