第46話 第4節「聖堂の法廷」
白銀の剣を抜いた聖女ミュリナの姿は、聖堂の前に集まる民衆の心に強く焼き付けられた。
だがその姿を睨みつける者もまたいる。――聖堂の奥より、次々と現れた聖騎士たちの影である。
「枢機卿ギルゼン様、如何なさいますか? 武装した聖女など、教会規定において――」
「……“異端”とみなして処刑せよ」
老いた声が命じたその瞬間、十余名の聖騎士たちが剣を抜いて一斉に前進する。
だがその前に、ルークスとジェイドが立ちはだかる。
「こっちも“異端”なんでな。好きに切り捨てられる立場じゃない」
ジェイドは笑いながら腰の双剣を構える。
一方ルークスはミュリナの前に出て、静かに地を踏みしめた。
「ここで血を流すつもりはない。だが、手を出すなら――容赦はしない」
その声は静かだったが、広場の空気を一変させるだけの圧力を帯びていた。
「……ルークス様」
ミュリナが言葉を漏らすが、ルークスは振り返らない。ただ、前を見据えたまま語った。
「決着をつける場所はここじゃない。“真実”を争う場を、我々で用意する」
そう言って、彼は広場の中央――かつて《王都議会》が設けた石の円壇に視線を向けた。
それは公的に意見をぶつけ合う“審問台”として使われていたものであり、王族の許可があれば“公開裁定”の場ともなり得る。
「王族の許可があれば、ここを“信教審問”の法廷に変えることができる」
「まさか……お前たち、既に……?」
枢機卿の顔色が変わる。その瞬間、聖堂裏の高台から、王都近衛の旗が揺れた。
「王家の名において、臨時裁定を開廷する!」
現れたのは、第三王女《セラ=エルディス》。
正統なる王位継承者ではないが、宗教・信仰に関する介入権を一部与えられていた人物だ。
「この場を、真実と偽りの裁きの舞台といたします」
堂々たる宣言。
民衆は息を飲み、教会関係者たちは凍りつく。
だがミュリナは一歩、石壇へと上がると、聖典を掲げた。
「教会が今まで隠してきたものを、私はここで明らかにします」
「貴様ッ、女一人の証言で何が――!」
怒鳴りかけた枢機卿ギルゼンに向け、セラ王女が声を重ねた。
「証言だけではありません。聖印の記録、異端追放の文書、そしてあなた方が“偽りの奇跡”として仕組んできた記録魔術の記憶石も提出されます」
言葉を失ったのは、枢機卿ギルゼンだけではなかった。
今や民衆の多くが、教会の権威に疑問を抱き始めていたのだ。
そしてその空気を、ミュリナは真っすぐに受け止める。
「信仰は、命を選別するための道具じゃない。
誰もが、等しく光に照らされていい。
私は、そんな世界を目指して戦います」
彼女の声が広場全体に広がると、民衆の中からぽつり、ぽつりと拍手が沸き始めた。
それはやがて波のように拡がり――
偽りの支配と、真の教えを巡る、歴史の転換点となる“審問劇”の幕が、いまここに静かに上がった。