第46話 第3節「聖女、剣を執る」
王都――中央広場。
修復の兆しが見え始めた石畳の上に、数百の人々が集まっていた。
彼らは目を見開き、口々に噂を交わしている。
その視線の先には、かつて“教会の聖域”として一般の立ち入りが禁じられていた巨大な礼拝堂――《真聖堂》がそびえ立っていた。
その前に、たった一人、白衣の少女が立っていた。
ミュリナ・アウレリス。
かつて奴隷として囚われていた少女は、今――“新たな聖女”として、民衆の前に姿を現していた。
「――この地に、真実を取り戻します」
少女の声が、魔力によって増幅され、広場全体に響き渡る。
群衆のざわめきが止まる。
ミュリナの手には、あの“始源の聖典”が掲げられていた。
「私は……真なる教えを知りました。“選ばれし者のみが神の恩恵を受ける”という教義は、偽りです」
その言葉に、教会の関係者と思しき者たちが動揺し、警備兵が剣に手をかける――だがその瞬間、ルークスとジェイドが広場の両端から現れた。
「止まれ。彼女の言葉は王都の未来に関わる。軽々しく血を流すな」
ルークスの威圧に、兵士たちは一瞬ひるむ。
その隙に、ミュリナはさらに一歩、聖堂に向けて足を踏み出す。
「かつてこの聖堂は、すべての命に光をもたらす場所だったはずです。それを“選別”の場に変えたのは、誰ですか?」
その言葉と共に、ルークスが掲げたのは――
《聖印管理機関》の設計図と、《異端追放者リスト》。
そして、バルナスから受け取った冤罪記録の写本だった。
群衆の中から、低い嗚咽が漏れる。
「……俺の弟も、“異端”とされて連れて行かれた……」
「私は……私の母は、ただ病気で教会に行けなかっただけで……」
かつての“正義”が、実は偽りだった――
その事実が、人々の心を静かに、だが確実に崩していく。
「私は、戦います」
ミュリナが静かに告げた。
「この教会が“真実”を受け入れるまで。信仰が“恐怖”でなく“希望”である世界を、私たち自身の手で取り戻すまで」
その瞬間――聖堂の扉が、きぃ……と音を立てて開いた。
そこに現れたのは、金と紅の法衣を纏った老いた男――《枢機卿ギルゼン》。
教会権威の象徴とも言える存在だった。
「……愚かなる娘よ。聖印を捨てし者に、神の代弁者たる資格など――」
その言葉を遮ったのは、ミュリナのまなざしだった。
「資格を与えるのは、神ではなく、わたしたち人間です」
そして、彼女は背負っていた剣――
ルークスが鍛え、ミュリナに託した“白銀の誓剣”を抜き放った。
「私は、剣を執る聖女になります」
群衆が、静かに息を呑んだ。
彼女の姿は、もはや信仰に仕える少女ではなかった。
――それは、自らの意志で立ち上がった《希望の旗手》だった。
聖堂の上空に、白い鳩が一羽、羽ばたいた。
その影が広場を覆うように、ゆっくりと――希望の始まりを告げるように、舞っていた。