第46話 第2節「影の対話者(シャドウ・スピーカー)」
王都の裏通り――
表の通りが再建へ向けて動き出す一方、まだ焼け跡が残る路地の奥には、未だ立ち入り禁止とされている区域があった。
その場所には、かつて《異端管理局》があった。
人々から忌避され、異端者たちが秘密裏に収容されていた闇の施設。今やその建物は半壊し、壁には剥き出しの鉄骨、焦げた封印術式の痕跡が無残に刻まれていた。
そしてその中心に、ひとりの男が立っていた。
「……見つけたぞ、“影の書記官”」
ルークスの声が、静かに空気を裂く。
廃墟の奥に潜んでいた黒衣の男が、にやりと口角を歪めた。
「はは……あんたに会えるとは、思ってなかったよ。“神を殺した男”ルークス様」
男の名は《バルナス》。
かつて中央教会の命により、異端者たちの記録を管理し、処刑指示を出していた“記録官”だった。
「この期に及んでまだ、神だの教義だのを信じてるわけじゃないだろ」
「信じてなどいないさ。だが、“物語”としては実に面白かったよ。人が神になろうとし、神が人を装い、そして最後は一介の放浪者が全てを焼き払う。……いいねぇ、壮大な悲劇だ」
「笑ってる場合じゃないぞ。お前が処理した異端者の記録、まだ持っているな」
バルナスの目が細められる。
その瞬間、空気の密度が変わった。
「それを渡すことで、俺が何を失うか、わかっていて言ってるのかい?」
「失うのは“沈黙”だ。代わりに、お前は“生きる意味”を得る」
ルークスの言葉は、迷いなく鋭かった。
沈黙が落ちる。
バルナスは、笑うのをやめ、視線をゆっくりと足元へ落とした。
「……俺は、“記録”というものが好きだった。ただ、それを続けていければ、それでいいと思ってた。誰かが見なかったことにした記録を、俺は“存在させ続ける”という行為に悦びを見出してたんだ」
男は懐から、黒革の封筒を取り出した。
それは、教会が破棄したはずの“処刑未遂者リスト”と、魔族との協力者とされた者たちの冤罪資料だった。
「持っていけ。“正義”の名で使うのも、“復讐”に使うのも、好きにしな。だが一つだけ、頼みがある」
「……なんだ?」
「俺の名前を、記録しておいてくれ。“世界が変わる瞬間に、静かに立ち会っていた男がいた”ってな」
ルークスは、封筒を受け取り、深く頷いた。
「……約束しよう。《影の書記官バルナス》の名は、この先の物語に記される」
バルナスは、満足げに目を閉じた。
その瞬間、背後の崩れかけた天井が崩落した。
瓦礫が轟音と共に降り注ぎ、彼の姿を包み込む――だがルークスは、敢えて一歩も踏み出さなかった。
「……選んだのは、あんた自身だ」
そう呟き、ルークスは背を向ける。
手には、新たな“真実”が握られていた。
それは、王都再構築に向けての“最後の鍵”となる記録だった。