第46話 第1節「静寂の王都、そして再誕の朝」
王都アルセリア――
あれほどまでに激しくうねっていた因果の奔流が止まり、世界がひとつの結論へと辿り着いた今、王都は深い静寂に包まれていた。
崩落していた建物の輪郭が徐々に戻り、瓦礫の山だった大通りには、人々の足音が少しずつ戻りつつあった。空は澄み渡り、朝焼けの金と紅が交錯する空を背景に、ひとつの鐘が――《中央聖堂》の頂きから、静かに鳴り響いた。
――“再誕”を告げる鐘。
それはこれまで、選ばれた者にしか許されなかった《始まりの鐘》であり、今やその音色は全ての者に等しく届くものとなっていた。
「……人が、戻ってきてる」
廃墟同然となった路地の一角で、ミュリナが顔を上げた。
傷つき、荒れ果て、恐れと混乱に染まっていた市民たちが――誰に強制されたわけでもなく、静かに歩き出している。
「王都が……生き返ろうとしてる……」
ジェイドが呟いた。
剣を肩に担ぎながら、彼は破れたマントを振り払うように背を向けた。
「戦争でも、暴動でもなく……意志によって立ち上がる都市か。悪くねぇな」
彼の隣で、セリナが膝をついて祈りを捧げていた。
「……神よ、もう一度、すべての命に祝福を」
その声に、かつて信仰を捨てた者たちの心すらも、少しだけ温もりを覚える。
だが、そんな中で――一人だけ、異質な存在がいた。
ルークス。
彼は、王都の中心に立っていた。
燃え尽きた《真聖堂》の祭壇跡で、ただじっと空を見上げていた。
かつてここに存在した巨大な聖堂――それはもう無い。
瓦礫となり、象徴としての意味を完全に失ったその跡地で、彼は何も言わず、何もせず、立ち尽くしていた。
「おい、どうした。立ったまま石化でもしたか?」
後方から歩み寄ってきたジェイドが冗談めかして言うが、ルークスは無言のままだった。
ようやく口を開いたのは、数秒の静寂の後――
「……俺が壊したんだよな」
その一言は、淡々としていた。けれど、含んでいたのは“達成感”ではなかった。
それはむしろ、“無色の喪失感”だった。
「神殿も、信仰も、支配の仕組みも……確かに偽りだった。壊すべきものだった。だが……その空白を埋める“何か”を、俺はまだ見つけてない」
ミュリナがゆっくりと彼の横に並ぶ。
少女の手には、あの“始源の聖典”があった。
「空白は、これから皆で埋めていけばいい。ルークス一人が埋める必要なんて、ない」
彼女の声は柔らかく、そして強かった。
「あなたがくれた“始まり”を、無駄にはしない。私たちが、歩き出す理由にする」
ルークスは、ようやく空を見つめる視線を落とし、ミュリナを見た。
その目に宿っていたのは、ほんのわずかだが――確かな“救い”の色だった。
「……ありがとう、ミュリナ」
風が吹いた。
それは聖堂の残骸を越え、瓦礫の王都を駆け抜け、朝焼けの空へと消えていく。
その風の向こうで、人々の喧騒が、少しずつ、確かに戻り始めていた。
戦いの幕は閉じた。
だが、物語は――まだ続いていた。