表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/175

第45話 第10節「偽神たちの黄昏、そして選ばれざる者の夜明け」

世界は今――“命題の衝突”によって、真に姿を変えようとしていた。


 《真王印章》によって打ち立てられた「選別と支配の世界構造」。

 それに抗い、ルークスが投じた「共存と自由の命題」。

 二つの因果が並列に存在し、激しく火花を散らすこの空間は、“確定してはならぬ世界の中心”、《因果干渉点カタリスト・ゼロ》と呼ばれる構造特異領域へと変質していた。


 空間には、色という概念すら崩れかけている。

 地も天も存在せず、理性も常識も断片となり、ひたすらに“意志”だけが響き合う。


 《概念擬神:セレクター》は、まだ消えてはいなかった。


 その姿は先ほどよりも不定形で、空間の揺らぎと融合しながら形を保っている。

 それは意思というよりも、“概念”そのものに近い。

 支配、選民、淘汰、純血――この世界を覆っていた“歪みの根源”が、ルークスの“希望”に押し返されながらも、なお必死に食い下がっている。


 「お前が語った“選別の正義”はもう通らない。ここまでだ、セレクター」


 ルークスの声は、世界そのものに染み込むように響いた。


 《セレクター》の輪郭が揺らぎ、“言語”すら断片化される。


 >「──なぜ……お前たちは、弱き者に……価値を、見出す……」


 ルークスはその問いに、即答した。


 「弱さは、強さの芽だ。誰もが最初から強いわけじゃない。誰かに助けられ、時に間違い、そして――それでも前を向く。そこにこそ、人の尊さがある」


 その言葉に呼応するように、断章輪が再構築される。

 ただの知識や記録ではない、“生きた意思”が、形を得ていく。


 セリナの祈りが届く。

 ジェイドの剣が空を裂く。

 ミュリナの言葉が、闇の狭間に光を刺す。


 彼ら一人ひとりの“選ばれなかった記憶”が、《因果干渉点》に刻み込まれていく。


 ルークスは歩を進める。


 「セレクター。お前の世界では、俺たちは生きられない。だが、俺たちの世界には……お前すら受け入れる余白がある」


 その瞬間、セレクターの外縁が揺れ、黒い煙のような外殻が剥がれ落ちる。

 そこから現れたのは――意外な姿だった。


 それは、かつて王都の聖堂で“異端者”として処刑された名もなき少年の姿。


 《セレクター》とは、教会の“選別思想”が彼に与えた絶望から生まれた負の集合体だったのだ。

 信じた神に裏切られ、虐げられ、無念に命を落とした少年の意志が、長きにわたって“概念の獣”へと昇華されたもの。


 「……君は、あの日……」


 ミュリナが膝をついて言葉を失う。

 彼女がかつて聖歌隊の見習いだった頃、処刑されたその少年の姿が脳裏に焼きついているのだ。


 「俺は、忘れないよ。お前の痛みも、怒りも、悲しみも」


 ルークスは、その少年の頭に手を伸ばす。

 あまりに危うい行為。だが――もう、彼は迷わなかった。


 少年の眼に、ひとすじの涙が流れ落ちる。

 それと同時に、黒煙が弾けるように消えた。


 世界が、収束を始めた。


 断章輪は光を増し、《因果改竄》は終息に向かう。

 そして、世界は一つの結論へとたどり着いた。


 ――「誰もが存在する意味を持つ」


 それが、“新たな命題”として定義された。


 空は再び蒼を取り戻し、崩れかけた王都の輪郭が修復されていく。

 セリナが胸元の祈り印に手を添える。ミュリナは祈るように瞳を閉じた。


 ジェイドが剣を地に突き立てて言った。


 「……勝ったな」


 ルークスは静かに頷いた。


 「いや。ここが、始まりだ。すべての“選ばれなかった者たち”が、やっとスタートラインに立てる世界のな」


 風が吹いた。


 その風は、王都全体を包み込むように、優しく、温かかった――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ