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第45話 第8節「教会の切り札〈真王印章〉」

 王都の地下、誰にも知られていない“封印庫”にて、白銀の長衣を纏ったひとりの老聖職者が、静かに膝をついて祈っていた。


 その名は、《教皇代行》イゼル・フォルカ。

 数十年にわたり、教会の“裏”の粛清を一手に引き受けてきた冷徹な男である。


 「……ルークス。やはり貴様は、最後の“改変因子”か」


 イゼルはゆっくりと立ち上がり、奥の石棺へと手をかける。

 蓋には、歪んだ十字架と円環が絡み合う印章――“旧世界の印”が刻まれていた。


 「この時が来た以上、我らもまた“真なる王の印章”を開放せねばなるまい」


 石棺の中には、血のような紅を宿す結晶がひとつ。

 それこそが、教会が“人類側の神々”と交信し得た最後の遺産――


 《真王印章ジ・オーセンティック・セラフィム》。


 それは、世界の情報根幹に直接介入し、“因果律そのもの”を書き換える権限を持つ“概念兵器”だった。

 通常の魔法では発動させることすら不可能。

 人の魂が直結し、自我を捧げることでのみ作動する、“人類の犠牲”によってのみ起動可能な兵器。


 「この魂、聖印の礎として……」


 イゼルは自らの胸に手を当て、聖なる印を砕いた。

 その瞬間、彼の肉体は輝き、教皇庁の大聖堂全体に“震動”が走った。


 ――同時刻。


 塔の頂で、ルークスがふと顔を上げる。


 「……干渉が入った。上位レイヤーからの強制介入だ。情報レベルが……異常だ。いや、これは……!」


 天に浮かぶ断章輪が、一瞬揺れた。


 それまで安定していた“再構築”の過程に、外部から“上書き”の試みが始まったのだ。


 「――“真王印章”の発動だ」


 “囁かれし者”の声が、ルークスの思考に入り込んでくる。


 「想定していた最悪の手段ね。教会は、自らの存在そのものを正当化するために、“世界の構造”そのものを書き換えるつもりよ」


 「“彼らだけが正しい”という現実を、“最初からそうだった”ことにするのか」


 「ええ。起動された以上、干渉は止められない。今のままでは、君の《断章輪》ごと、世界そのものが“彼らの正史”に置き換えられる」


 ルークスは歯を食いしばった。


 「ならば、俺は……“概念干渉戦”を始める」


 右手を上げ、断章輪を収束させる。


 「《ゼロ・クロニクル》――過去・現在・未来、すべての因果を“同時参照”し、選択を超える選択肢を提示する」


 空間が歪む。


 空と大地の境が崩れ、情報と現実が逆転する。

 ルークスの記憶、仲間の感情、世界に残された無数の“かもしれなかった未来”が重なり、渦となる。


 ――それは、神すら踏み込めなかった“無限枝分かれ世界の根幹”だった。


 「ルークス……!」


 地下神殿でミュリナが叫ぶ。


 「彼は今、“存在そのものの書き換え”に対抗してる……! 自分の命を代償にして!」


 ジェイドは拳を握りしめた。


 「ふざけるな……あいつ一人に背負わせてたまるかよッ!」


 “囁かれし者”はゆっくりと、彼らの中心へと歩み出る。


 「なら、繋げるわ。あなたたちの魂と、ルークスの“祈り”を。皆の心がひとつになれば、《断章輪》は“絶対命題”へと昇華できる」


 「ならやるしかねぇだろ!」


 「もちろんですわ。だって――私たちは、あの人の未来を信じているのだから」


 仲間たちの叫びが、一条の光となって天へ伸びる。


 その瞬間、ルークスの周囲に新たな輪が現れる。


 《結晶因果環オリジン・コンパス》――それは、ただの可能性ではない。“意志”として統一された祈りの結晶。


 ルークスは静かに目を閉じ、囁く。


 「ここから先は、もう記録されない。なら、俺たち自身が記すんだ。どこにも載っていない、俺たちだけの“世界史”をな」


 空が鳴動し、光と闇がひとつになる。


 次の瞬間――“因果そのもの”が、戦場となる。


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