第45話 第7節「記録されなかった未来」
王都“アルセイア”の天を裂いて、一条の光が降り注いだ。
それは雷でも魔法でもない。
あらゆる魔術記録に存在しない、観測不能のエネルギー。
だが、確かに世界はそれを“現象”として受け取った。
塔の最上層で、ルークスは静かに両腕を広げていた。
その身を包むのは、もはや衣服でも鎧でもない。
情報と魔素、感情と概念が層を成し、彼の存在を“演算結果”として顕現させていた。
「……起動。外典区画、開示開始」
彼の声は空間に響いたわけではなかった。
世界そのものに、上書き命令として“認識”されたのだ。
次の瞬間、塔の空間が反転する。
床が天となり、壁は無限に伸びる記号群へと変質した。
視界に広がるのは、構造情報の奔流。神が築いた情報建築だった。
その中に、ルークスの意識は踏み込んだ。
「これは……過去の全人類の“改竄履歴”か」
ルークスの意識に直接流れ込む、数千年に及ぶ“改ざんと抹消”の記録。
真実の聖典。消された王族。粛清された魔族と異端。
すべては、「正しさ」という名のもとに、記録された世界の“下書き”に消されていた。
「ふざけるなよ……」
ルークスの足元で、無数の光の断片が舞い始める。
それは、生まれるはずだった子ども、語られるはずだった物語、交わされるはずだった約束――
“記録されなかった未来”の欠片。
「取り戻す。すべてを、最初から、もう一度やり直すために」
その声と同時に、塔の頂より五つの“環”が浮かび上がる。
《断章輪》
――存在情報を修正・編纂し、“過去”そのものを書き換える最終鍵。
地下では、ミュリナが急に胸元を押さえ、膝を折った。
「な、に……これ……ルークスの……思念が、直接流れ込んできて……!」
セリナが駆け寄る。
「無理するな、ミュリナ! どうしたの?」
「違う……大丈夫……これは、苦しいけど……温かい……!」
ミュリナの全身を駆け巡るのは、ルークスの“祈り”だった。
それは、ただ世界を変えたいという強制的な意思ではなかった。
過去に囚われた全ての命を解放し、“自分の物語を生きる”という希望の信号。
「ルークスは……みんなの“未来”を選ばせようとしてる。たとえその結末が……彼自身の消失であっても」
「なんだと……!?」
ジェイドが思わず叫ぶ。
だが、“囁かれし者”は、静かに頷いていた。
「彼は理解したのよ。“世界を救う”とは、“世界の選択肢を増やすこと”だって」
塔の頂――
ルークスの前に、巨大な天球儀が浮かび上がった。
だがそれは、もはや天体を記録するためのものではない。
《選択の儀》――失われた全存在の“別の可能性”を演算・具現化する、最後の系譜。
「問いかける。全存在よ。君たちは、自分の未来を望むか?」
答えなど必要なかった。
ただその瞬間、無数の記録されなかった命たちが“光”となって彼のもとに集い、環へと注がれていった。
記録が覆される。
歴史が再構築される。
未来が、選び直される。
それは、誰にも観測されることのなかった、“もうひとつの神話の誕生”だった。




