第45話 第4節「空中の咆哮、疾走する決意」
――敵影、接近。
塔の上空、魔導防壁の外縁が紫色に染まったその瞬間、異形の影が四方から一斉に襲来した。
王直属の空挺部隊《飛翔礼装騎士団》。その一人ひとりが、魔力機構を背に備え、重力を無視して空中機動を可能にした、戦術級の精鋭部隊だった。
「来たか。王が動いたな……!」
ルークスは、塔の上層に設置した光学障壁越しに、迫る影の数を見定める。三十六体。そのうち十二は突入型、残りは周囲の結界維持と妨害。
「この数……殺す気ではなく、“捕らえる気”だな」
ルークスの思考は冷静だった。だがその眼光は、どこかで「期待していた」とでも言いたげにわずかに輝く。
「全員、下へ退避を!」
彼は叫び、ミュリナやジェイドたちを地下の魔力遮断室へと誘導する。
魔導書の解読が終わった今、塔の役割は果たされた。あとは、“脱出”と“次なる一手”だ。
「ルークスは……!?」
ミュリナが叫ぶが、彼の姿はすでに塔の頂上に向かっていた。
「一人で行かせる気!? だめ、あれは……!」
「奴の本質は、ただの最強じゃねぇ。最も合理的に“希望”を運ぶ選択肢を選び続ける……“戦術そのもの”なんだよ」
ジェイドの声が、静かに響いた。
◆
塔の最上部、風が吼える空中回廊。
ルークスの前に現れたのは、真紅の礼装をまとった長身の男だった。
その胸には、王家直属の印。――《七耀騎士団筆頭・ジオ・ファルク》。
「貴様が、“真理”を撒いた者か」
「ルークスだ。神の代弁者でも、革命家でもない。ただの“現実主義者”さ」
「我が任務は、貴様を拘束し、王都へ送ること。そして、“その力”を王の手に戻すこと」
ルークスは小さく息を吐いた。
「力を奪う者に、使う資格はない。それがこの世界の最も深い“過ち”だろう」
「――問答無用ッ!」
ジオの脚部が閃光を走らせ、音速の突進が放たれた。背部の《ブーストギア》が空間を裂き、雷撃のような直突きがルークスの心臓を狙う。
が。
「遅い」
ルークスの身体は、まるで時間を滑るかのように回避していた。彼が踏み込んだ空間が反転し、ジオの突進が虚空に逸れた。
「“因果偏位術式”……!」
「正確には、“存在位相のスライド”。お前の目には遅れて見えてるだけだ」
次の瞬間、ルークスの掌から紫電が走る。
《拒絶の稲光》――対象の魔導機構そのものを断裂させる禁術。
「――っがぁっ!!」
ジオの礼装が炸裂し、背部ブースターが破損。彼は地面へと叩きつけられた。
だが、騎士はそれでも立ち上がる。
「お前は……“人類側”の存在ではないのか」
「人類か、魔族か。それも、もはや意味をなさない」
ルークスは空を見上げた。
「“この世界の根幹が壊れている”ことに気づいた時から、俺は、ただ直すために動いているだけだ。誰の味方でもない。誰の敵でもない。ただ、歪みを正す――それだけだ」
その言葉に、ジオは戦意を失ったように立ち尽くした。
「お前は……何者だ……?」
「――ルークス。世界に名を刻む者として、いずれ語られるさ」
その言葉を最後に、ルークスは塔から飛び降りた。
空を裂いて展開する魔法陣が彼の足元に光を灯し、重力を無視して疾走するように空を滑る。
彼の目的地はただひとつ――
《真聖堂》。
この世界の嘘が生まれた源泉。
それを打ち砕くために、今、空中を駆ける。
その背に、無数の光が追従した。それは“始源の教義”に心を動かされた者たちの“祈りの残滓”だった。
彼らの祈りが、ルークスをより遠くへ――より深くへと導いていた。