第45話 第3節「目覚めた敵、動き出す王権」
王都全域に“真なる教義”の声が響いたその瞬間――
「――これは、どういうことだ……?」
玉座の間に座す“聖王”レイハルト三世の顔が、初めてにわかに動揺を帯びた。
王の頭上に浮かぶ魔導通信球は、ルークスたちが拡散した《始源の聖典》の一節を繰り返し映し出していた。
『……命に上下などなく、神は万人を照らすと記されている』
『選ばれし者のみが救済されるという今の教義は、“意図的な改ざん”である』
「まさか……“影の神殿”が、まだ……」
王の震える呟きに、側近の宰相ベルモントが顔色を変えて言った。
「王よ、中央教会からも混乱の報告が入っております。転写の塔は完全に制御を奪われ、魔力リンクが全国へ拡散を続けているとのこと……!」
「なぜ止められん!? 制御魔術は教皇庁が保持していたはずだろう!」
「それが、“存在干渉”が発生しているとのことです。魔術理論の枠外から、塔の核そのものに書き換えが行われたと……」
「存在干渉……まさか、ルークスという男か。フィリアが言っていたな、彼は“外界の理”を引きずっている、と……!」
王の瞳が、僅かに怒りに染まる。
「いいだろう……本来ならば、我が王権はこのような内政には干渉せぬ。だが――王国秩序そのものが揺らぐならば、動く他あるまい」
王は立ち上がり、隣室の奥へと進む。その部屋には、封印された白銀の鎧が立ち尽くしていた。
それは“王権の守護者”と呼ばれる、古の自律戦装――かつて魔族戦争において、十万の軍を一晩で焼き払った伝説の兵装だ。
「聖騎士団、第四礼装部隊、全軍動員。転写の塔および、その占拠者を“国家反逆者”として討伐対象に指定せよ」
「王よ、それは……中央教会に対する戦争宣言と同義です!」
「――構わぬ。“偽りの教義”のために、この王国を支配し続けてきた報いを受ける時が来たのだ」
その眼差しは、信仰でも権威でもない、“統治者としての冷徹な意志”を秘めていた。
「ただし、命ず。あのルークスという男……“生かして捕らえよ”。あの力、我が王家に必要だ」
「御意……!」
その頃、王都上空には“空間裂け目”が広がっていた。
《真理放送》が塔の魔力中枢から広がったことで、王都を覆う“結界の層”が歪み、現実と魔術基盤との接合部が露出しはじめていたのだ。
「これは……まずいぞ。あまりに急激すぎる展開だ」
塔の上階にいたジェイドが、魔導望遠機で王城から発進した“飛翔礼装部隊”を確認する。
「空挺騎士団。王直属の、最強の精鋭か」
「ルークスが出てきたら、即座に回収する準備を整えて!」
セリナが叫ぶ。すでに地上では騎士団との交戦が始まりつつあった。
だが、ここに至って――
王都は、もはや“ただの都市”ではなかった。
《始源の聖典》に記された“真理”の言葉が、街の空気に染み出すように拡がっていたのだ。
無数の市民たちが空を見上げ、映像に耳を傾け、呟く。
「……じゃあ、俺たちは……“間違っていた”のか……?」
「“光”は、全てに与えられるべきものだった……のに……」
混乱と覚醒が、王都の空を揺るがす。
そしてその中心にいるのが、今なお塔の魔力核へ干渉を続けている、一人の男――ルークスであった。