第44話 第2節「偽神の祭壇と“審問官”」
重々しく軋んだ石扉の向こう、そこは聖域――“真聖堂”の中枢。
吹き抜けの大広間には、荘厳な柱が林立し、天井には金の聖像と精緻な魔法陣が描かれていた。その中心に鎮座しているのは巨大な白金の祭壇。だが、そこにはルークスたちの知る“神の象徴”とはまったく異なる、異様な構造物が備えられていた。
「……あれは、“神像”じゃない。むしろ、……封印器?」
ジェイドが小声で呟く。
祭壇に据えられた白い人形のような像。その胸元には“聖印”が浮かび上がっているが、どこか生き物のように呼吸しているようにも見えた。まるで――“神”を模した何かが、そこに“宿されている”。
「これは……人工神格……? いや、“神意の代行体”……?」
ミュリナが震える声で言う。
そのとき、大広間の奥にある高座が揺らぎ、そこから現れた影が一つ。
白い僧服、深紅の刺繍。手には法杖、背には十字の勲章。そして、その眼光はまるで“刃”のように鋭かった。
「……ようこそ、異端者ども」
現れたのは、教会最高位の魔導審問官――カリス=ヴァレンティウス。
「貴様らが神の敵とならんとするならば、この場で“聖なる鉄槌”をもって裁きを下す。それが教義にして、正義だ」
「“正義”だと?」
ルークスが一歩、前に出た。
「お前たちが正義を騙り、いくつの村を焼き、いくつの命を“異端”として葬った? 偽りの教えを広めた先にあるのは、神ではなく“力による支配”だったはずだ」
カリスは冷笑を浮かべた。
「それがどうした。大衆は“与えられる信仰”しか望んでいない。真理など、混乱の種でしかない。ゆえに、我らは“秩序”を優先した。――それこそが、“神に代わる者”の責務であろう」
「……やはり、貴様らは神を見ていない」
ミュリナが前に出る。彼女の胸元には、今や“真なる聖印”が浮かんでいた。それは始源の聖典に記されていた、かつての聖女の証。
「私は本当の教えを知った。神は“与える者”ではない。“寄り添い、共に歩む者”だと。あなたたちは神を利用し、ただの権力を築いたに過ぎない!」
「では、力で示してみせろ。言葉では、何も変わらぬ!」
カリスが法杖を掲げると、空間が震えた。
次の瞬間、祭壇の神像が割れ、中から白銀の鎧に包まれた“審判の偶像”が現れる。全長三メートルの巨体、背には六枚の羽。だが、眼に宿るのは光ではなく、制御された魔力の瞳――
「それは……神を模した“戦闘兵器”……?」
「これが我らが神の代行、“聖骸機(セント=レギオス)”! さあ――審問の時だ!」
カリスとその操る聖骸機が襲いかかる。
ルークスは前に出ると、魔力を一点に集中させた。
「“虚無式展開――界限定義:武器化無効”!」
彼が放ったのは、対象に“物理的機能の否定”を強制する概念干渉魔法。だが、聖骸機の装甲はそれすら弾き返した。
「この装甲、魔術無効化層……!」
「私が支援するわ!」
ミュリナが詠唱を走らせ、聖骸機の内部に“共鳴波”を送り込む。だが、カリスはそれを読み切っていたかのように封殺結界を張る。
「やはり一筋縄ではいかんか……!」
ルークスの背に、仲間たちが集まる。
「だったら、俺たち全員で叩く!」
「“選民”の欺瞞を、終わらせよう!」
この戦いは、教会の虚構と真実の衝突。
そして――神なき“神の国”に、終止符を打つ第一撃となる。