第44話 第1節「真聖堂突入と審判の鐘」
王都の地下深く、閉ざされた通路を静かに進む一行。足元を流れる濁流の中に、不気味な反響が響く。鉄と石の臭いに混じる、古びた血の気配。そこは、誰もが忘れ去った“王家の影”の通路、《蒼月の地下水路》。
「瘴気が濃い……。魔力を持たない者がここに入ったら、数分で意識を失うわね」
ミュリナが眉をひそめる。彼女の治癒魔法が周囲に浄化の膜を張り、仲間たちを守る。
「それでも、この道しかないんだろ?」
ジェイドが短剣を手に構えたまま、後方を警戒していた。
先頭に立つルークスの視線は、一点を見据えていた。彼の手には“始源の聖典”の一部写しがある。神殿で得た真理の断章――それこそが、この王都の虚構を打ち砕く鍵。
「真聖堂まで、あと三刻。だが、俺たちが動き出したことは……もう、教会側にも伝わっている」
そう語ったとき――水路の天井から、黒衣の兵士たちが音もなく降下した。
「出たな、“白刃の矛”……!」
全員が即座に布陣を整える。ルークスは前に出た。
「教会の狗か。俺たちが何者かも知らず、ただ命令に従って剣を振るうだけの哀れな存在だな」
敵のリーダー格と思しき男が、顔を顕わにした。
「……我々は神の言葉に従い、罪を裁く。貴様ら異端者に情けはない」
その声とともに始まる斬撃の雨。数十の剣圧が襲いかかるが、ルークスの体は一歩も動かない。
「“灰塵の幕”」
呟くような声とともに、彼の前方に薄灰色の結界が展開される。斬撃がその面に触れた瞬間、光とともに蒸発する。
「通じない……だと?」
「俺の魔法は、“概念”だ。刃を“届かないもの”として定義した。お前たちの刃が俺を傷つける未来は、存在しない」
動揺した敵陣の隙を突き、セリナが魔力の矢を放つ。背後ではミュリナの治癒陣が回転し続け、味方の体力を保っていた。
ルークスが短く叫ぶ。
「突破する! ここで時間を使えば、“鐘”に間に合わなくなる!」
“審判の鐘”――真聖堂の頂に存在する聖なる鐘。毎夜、教会によって鳴らされるその鐘は、王都全域に“神意”を示す儀式の象徴であり、同時に民衆の思考を“制御する”力を持っていた。
もし、その鐘が鳴る前に聖堂へたどり着ければ――
「俺たちの言葉は、届く!」
ルークスの叫びに応え、仲間たちは一斉に駆け出す。炎の矢、氷の槍、空間跳躍、魔剣の斬撃が、黒衣の兵をなぎ倒していく。
そして、地下水路の最奥に現れた階段。その先には、重々しい石扉があった。
扉の中央に刻まれていたのは、“光の神印”――だがその下に、誰かが血で描いたような異様な“もう一つの印”が浮かんでいた。
「……二つの印。これは……教会内の“二重信仰”の痕跡か?」
ルークスの目が細められる。
「開くぞ――全ての真実は、その先にある」
そして、扉がきしみを上げて開かれた。
その先に待つのは、かつてない真実と、決戦の舞台だった。