第43話 第3節「光と闇の狭間で」
聖言の回廊の封印が解かれた直後、その知らせは王都の裏層にまで静かに広がっていった。
王都ラゼルグラードの上空には、薄曇りの天蓋が広がっている。だがその下、中央聖堂の尖塔からは、かすかに“異常な魔力反応”が検知され、数刻前から教会直属の諜報部隊《白刃の矛》が動き出していた。
「確認された魔力波長は“封印指定魔術第七式”に類似……聖言の回廊、外部からの干渉によって開かれた可能性あり」
報告書を読み上げる神官長補佐の声に、円卓の一角にいた白髪の男――“査問枢機卿”ゲリウスが静かに目を伏せる。
「……あそこは、もう半世紀以上、誰の手も入っていないはずだ」
「はい。最後に踏破されたのは、“前代聖女エレイン”が神殿粛清前に挑んだ記録のみ。あれも、すでに“失敗”として封印指定された案件です」
ゲリウスの目が鋭く光る。
「その禁忌を、誰が破った?」
報告官が一瞬ためらったが、苦渋の表情で言った。
「……“影の神殿”に潜伏していた“囁かれし者”が動き、中央を欺いて潜入した一団があったと。……名簿には、かの“ルークス”の名が」
その名が放たれた瞬間、室内の空気が凍りついた。
「ルークス……“外界より来たりし異端者”。すでに一度、“聖紋破り”の罪で追放指定されている者……」
ゲリウスは立ち上がり、重々しく言い放った。
「第十三戒律、発動の準備を。『教義への反逆者』として、王都全域に勅命を」
「“真聖堂”の正面大扉を閉鎖せよ。……“聖なる審判”の儀をもって、反逆の種を断つ」
同時刻、聖言の回廊に残っていたルークスたちは、地下空間の振動とともに空間が揺れたことに気づいていた。
「……封印が、上層から再起動している?」
ジェイドが目を細め、ルーンを読み取る。
「ちがう。これは――“閉鎖封鎖”だ。外からの隔絶処理、つまり……回廊を“棺”にするつもりだ!」
ルークスの顔が険しくなる。
「俺たちが中にいることを知っていて、封じ込めに来た……教会はもう、“話し合い”の段階を捨てたんだ」
その瞬間、聖言の回廊の石壁に、荘厳な天使の姿を刻んだ“封印装置”が出現した。
次元転送阻害、精神干渉魔法、空間崩壊抑制――高等魔術の重ねがけによる“遅効型の処刑装置”。
「ふざけんな……!」
ジェイドが呪文を唱えようとしたとき、ルークスが前に出て右手をかざした。
「これは……試練の一部だ。“語る者”にふさわしければ、突破できるはずだ」
聖典に刻まれた“始源の言葉”。ルークスはそれを詠唱しながら、装置の魔術核に手を置いた。
《アザル=リズ=シェファラ……》
光が閃き、装置が悲鳴のような音を上げてひび割れる。
――神に問われし言葉、それは信仰か、理か、それとも意志か。
《我、言の重みを知る者なり。されど、語るは義務ではない。選び、伝えるは……“希望”のためなり》
崩壊。
光と音が弾け、装置が崩れ落ちる。
「……解除したのか」
セリナが目を見張る。
「今の言葉、ただの古語じゃなかった。……“祈り”だった」
ルークスは息を吐く。
「“真実”を語るためには、まずその重さを知れ。そう、聖典にも書かれてた。……あれが、意味していたものだ」
振動は止まり、回廊の空間が安定する。
だが、それは“教会との決裂”を決定づける瞬間でもあった。
王都の空には、もうすでに異変が生じていた。
空中に現れた巨大な“聖印”が、都市全体を包み込むように光を放ち始めていたのだ。
「“大告解”の発動……王都が“粛清都市”にされるぞ!」
アルヴァの叫びに、誰もが顔を引き締める。
ルークスは静かに呟いた。
「すべての真実を、この光の中で暴く。たとえ、この世界全体が敵に回ろうとも――」
その瞳には、かつてないほどの覚悟と意志が宿っていた。