第43話 第2節「試練と魂の対話」
古の“真言の試練”は、単なる魔術判定ではなかった。
それは精神と魂に刻まれた“信仰の根源”を問い、その者が抱く理想、矛盾、記憶、苦悩――すべてをさらけ出し、答えを強制する“対話の儀”である。
魔法陣が光を帯びた瞬間、ルークスの視界は白一色に染まった。
身体の感覚が消える。地面も、空も、時間さえも消失したような“無の空間”。
その中に、かすかな声が届いた。
――なぜ、戦う?
「……それが、生き残るためだからだ」
――ならば、なぜ“真実”を広めようとする?
「誰かが、それを望んでいたからだ。過去に、無念に散った人々がいた。教義に裏切られ、迫害され、命を奪われた者が……」
空間に、炎に包まれた村、磔にされた異端者、泣き叫ぶ幼子の幻影が浮かぶ。
――その記憶は、お前のものではない。なぜ重ねる?
「……俺には力がある。過去に力を持たなかった者たちの無念を、再び繰り返させるわけにはいかない」
その言葉に呼応するように、空間が揺れ、今度はルークス自身の過去が浮かぶ。
現代日本。会社に縛られ、心を擦り減らし続けた彼の姿。理不尽な命令、終わらない残業、崩れゆく身体。そして、最期の瞬間――何も報われないまま、光の中へ消えた日。
――“お前自身”のために戦っているのか?
「違う。……いや、今は違う。だが最初は、きっと、逃げたかっただけだった。世界から、責任から、自分から」
ルークスは立ち尽くす。
しかし、その肩に――ふと、ぬくもりが触れた。
「……あなたが、そうやって迷い、苦しみ、選んできた道を……私は、尊いと思う」
ミュリナの声だった。彼の心象に、彼女の姿が重なる。
恐らくは“試練の魔術”が引き出した、ルークスの心に刻まれた“他者との絆”。
「あなたが私を見つけてくれたように、今度はあなたが、自分を信じてあげて」
――信じる、か。
その言葉が胸の奥に落ちたとき、白い空間に新たな光が灯った。
それは、“影の神殿”で見た聖女の幻像と同じ、蒼い輝き。
――では問おう。
“お前の信仰は何だ?”
“神か、民か、正義か、それとも己か”
「俺の信仰は――“選べなかった者”たちの未来だ」
「持たざる者にも、声を。力なき者にも道を。名もなき者にも、希望を」
その瞬間、空間が砕けるように崩れ、光が奔った。
気がつけば、ルークスは“聖言の回廊”の祭壇前に立っていた。
ジェイドとミュリナ、アルヴァが見守る中、魔法陣は静かに消えている。
「……突破、したのか」
アルヴァが微かに笑みを浮かべた。
「“真言の試練”は、ただの資格判定ではない。魂の在り方そのものを問う。……お前がそれに応えたということは――もう、誰も否定できん。お前は、“語るに足る者”だ」
ルークスは無言で頷いた。心の奥に、確かな手応えが残っていた。
だが同時に、その重みも背負った。
「この言葉は、刃にもなる。世界を変える力を持つと同時に、無数の憎しみをも生む。だが、それでも」
彼は、祭壇に置かれた真なる聖典を手に取った。
「――俺は、語る」
「偽りの光ではなく、すべての者に等しい、真実の光を」