第43話 第1節「選ばれし言葉、託されし未来」
王都アスレイアの北東、忘れ去られた聖堂跡の地下空間――。
転移の魔法陣から出現した三人は、崩れかけた大理石の柱と、壁に刻まれた古の信仰紋に囲まれていた。空気は冷え、石壁には魔力の風化によるひび割れが走っている。だが、その場には確かに“過去の光”が残っていた。
「ここは……王都でも禁域とされている、“聖言の回廊”……」
ジェイドが低く呟く。神の言葉を最初に刻んだとされる“聖語の書板”が封印された場所。かつての聖職者たちは、この場で祈り、記録し、教義の真意を伝え合ったという。
「なぜここに転送されたのかは……教皇の意志か、それとも聖典の導きか」
ルークスは視線を落とし、転移の直前に受け取った“真なる教皇印”を手のひらで転がす。それは微細に振動しながら、まるで彼に“進むべき道”を示しているかのようだった。
「ルークス……」
ミュリナがそっと寄り添い、彼の手に自分の手を重ねる。
「この場所でなら、真理を語る“資格”が問われる。私たちはもう、ただ戦うだけの者ではいられない」
その言葉に、ルークスは頷いた。
「ああ。だがまずは……この地に残された“声”を聞こう。ここに集まった信仰と祈りが、何を訴えていたのかを」
ルークスが教皇印を祭壇に置いた瞬間、回廊全体が微かに震え、壁の奥から淡い光が溢れ出した。古の記録魔術が作動し、音と映像が空中に浮かび上がる。
――それは、一人の聖女の姿だった。
白銀の髪を風になびかせ、淡い水色のローブを纏ったその聖女は、まさしく「本来の教え」の象徴たる存在であり、ミュリナが幼少期に夢で何度も見た“あの人”の姿だった。
『この教えは、命ある者すべてのもの。異種も、魔族も、人も隔てることなかれ。与え、交わり、学び合え。力を縛るために使うな。光は皆の上に等しくあれ』
その言葉は――今の中央教会が掲げる“選民思想”とは、真逆のものであった。
「……これが、本当の“神の言葉”」
ミュリナの目に、再び熱いものがこみ上げる。
だがその時、回廊の入り口で石が転がる音がした。ルークスがすぐさま警戒魔術を展開する。
現れたのは、緋のローブに身を包んだ、褐色の肌の男――かつて“異端審問官”の最上位として知られていた人物、《アルヴァ・ノクス》であった。
「……ついにここまで来たか、ルークス・ユウ。その名が“記録”に刻まれる日も近いようだな」
「元審問官か……だが、もう教皇庁の犬ではないようだな」
「いいや。私は今でも“信仰者”だ。だがな、あの教皇が広めた“選別”の教えに、最後まで従い続ける義理はない」
アルヴァの視線が、祭壇上の教皇印と真記録書に注がれる。
「それを、どう使うかで未来は決まる。民に真実を知らしめるのか、また新たな支配の道具とするのか。お前は……“どちら側”だ?」
その問いに、ルークスは一歩前へ出る。
「……俺は、選ばれた者じゃない。だが、“選ばれなかった者たち”を見てきた。だからこそ、この真実を“伝える手段”にする」
「ならば証明してみせろ。この地に宿る“真言の試練”を越えてな」
アルヴァが魔法陣を描いた。
それは、かつて異端審問官たちが教義の正統性を試すために用いた“神性判定魔術”――本来は罪人に向けられるものだ。
だが今、その魔術はルークスの魂を“問い”にかける。
光と影の間に立つ者として、彼は答えなければならない。
――“お前は、何を信じるのか”