第5話・第2節「ミュリナの新たな決意」
ルークスが森へと向かったあと、廃墟には静けさが戻っていた。
だがその静けさは、以前のような不安と怯えの影を孕んだものではない。
ミュリナは一人、焚き火の前にしゃがみ込み、薪をくべていた。
昨夜の灰を掘り起こし、まだ熱の残る炭を確認する。空気を吹き込み、小枝を足し、火をゆっくりと蘇らせる。
「……これぐらいは、ちゃんとできるようになりたい」
ぽつりと呟く声は、誰に向けたものでもなかった。
けれど、その中には確かな意志があった。
数日前までの自分なら、ただ不安に震えながら、彼の帰りを祈ることしかできなかった。
けれど今は違う。
“待つ”だけでなく、“支える”ためにできることがあるのではないか――そう思えるようになっていた。
火が安定すると、ミュリナはそっと立ち上がった。
棚代わりの岩陰から小さな布袋を取り出す。中には、自らが摘んできた薬草と、ルークスが作った保存食の材料が入っている。
湯を沸かし、野草を煮る。
彼が好んでいた香草の組み合わせを思い出しながら、慎重に手を動かす。
(ルークスさん、ちゃんと食べてるかな……)
不安がないわけではない。
けれど、それでも“帰ってきた彼に温かい食事を出す”――その目的が、心の支えになっていた。
やがて、廃墟の端にある崩れかけた部屋へ向かう。
以前、追手を避けて隠れたその場所は、今は彼女の小さな居場所になっていた。
布の上には乾いた薬草と、ルークスが直してくれた小さな靴。
その靴を手に取り、ミュリナはじっと見つめる。
「逃げてきたときは、こんなもの……どうでもよかったのに」
泥にまみれ、ちぎれかけていた布靴は、いま丁寧に縫い直され、履き口には草の繊維で編んだインナーまで付けられていた。
「……私、“大切にされる”って、こういうことなんだ」
小さな囁き。
それは涙ではなく、微笑みと共に落ちた。
それからの数時間、ミュリナは夢中で動いた。
食事の支度を整え、布を干し、薬草を分別し、彼の帰りに備えて道具を並べ直した。
“待つだけ”ではなく、“迎える準備”をした。
それは、彼が帰ってくるという“信頼”があるからできる行為だった。
陽が傾き始めた頃。
ミュリナは焚き火のそばに座り、火を見つめながら深く息を吸った。
「私、変わりたいんだ……」
その声は、はっきりとしていた。
「もう、誰かに守られるだけの存在でいたくない。……怖いこともある。でも……だからこそ、私も、あなたのそばに“立ちたい”」
焚き火の音だけが応える。
それでも、その言葉は確かに“未来への願い”として放たれていた。
ルークスの帰り道を、彼女はじっと見つめていた。
ただ静かに、そして、かつてとは違う“姿勢”で。