第42話 第3節「真なる審判と導き」
扉の開放と同時に吹き込む神気の奔流は、まるで空間そのものが新たな意思を持ち始めたかのようだった。聖域の中央には、純白の大理石でできた台座が据えられ、その上に静かに置かれた《教皇印》と《真記録書》が淡く脈動していた。
だが、ルークスたちが一歩足を踏み入れた瞬間――空間の左右から、再び聖騎士団の気配が殺到する。
「……予想通り、奥にまで布陣していたか」
ジェイドが苦々しく呟き、再び剣を抜いた。その剣は、先の戦闘で傷ついたはずの刃を、ルークスの応急魔術が補強したものである。
「構わん。ここは俺に任せろ」
ルークスが前に出た瞬間、周囲の重力が再び変質する。
「《歪界解放陣――第三層・空間断裂》!」
彼の足元から幾重にも重なった魔法陣が出現し、視界を裂くような鋭い魔力の刃が空間そのものを切り裂いた。迫り来る騎士の一団が、その断裂に巻き込まれ、次々に転倒し、その動きを止める。
「ルークス、いける今のうちに!」
「任された」
彼はすぐさま台座へと駆け寄り、手を差し伸べる。真記録書に触れた瞬間、彼の脳裏に激流のような映像と情報が流れ込んだ。
――古の教皇たちの言葉。
――真なる聖女が遺した命の記録。
――そして、“現在の教皇”が何を恐れ、何を封じたのか。
「……これは、神の言葉を私物化した者の記録」
聖典には、今の教皇が《選民思想》と《魔族殲滅教義》を正当化するため、どのように“奇跡”の記録を捏造したかが克明に記されていた。さらには、異端追放リストには、無実の者、教皇の権威に従わなかった賢者や聖職者の名までが含まれていた。
「……すべてが偽りだったのか……!」
ミュリナが背後から記録を読み取り、苦しげに呻いた。
「いいえ……“真理は隠されただけ”なのです」
突如、空間に現れたのは――金と白のローブを纏った、壮年の男だった。その顔は王国中に知られた人物。現在の“教皇”その人である。
「教皇……!」
ジェイドが身構える。しかし教皇は剣を抜くこともなく、ただ歩み寄る。
「……私もまた、真実を知っていた。だが、世界を動かすには“秩序”が必要だった。万人に真理を与えても、混沌が拡がるだけだと、私は――そう信じていた」
教皇の声は、どこかに哀しみと、諦観の響きを帯びていた。
「だが……君たちがその“秩序の外”から来た存在であるならば。……神の意思を改めて問い直す資格があるのかもしれない」
彼はゆっくりと、教皇印を差し出す。
「この印を持ち、民の前に立ちなさい。そして問え。“誰のための教え”なのかを」
「……この選択の重さは、俺たちが背負う」
ルークスがその印を受け取る。その手に宿る魔力が光を帯び、記録書と共鳴しはじめる。
――その瞬間、祈祷中枢の天井が崩れた。
「っ、爆発だと――!?」
外の聖堂から、巨大な炸裂音と共に怒号が押し寄せてくる。
「“焔翼の黒猟団”だ! 教皇が倒れたと聞いて侵入してきた!」
味方でも敵でもない、第六勢力が動いたという知らせが、空気を裂いた。
「……時間がない。記録はすべて持ち出す。ジェイド、転移の陣を!」
ルークスの指示に従い、ジェイドがすぐさま記録書と印を魔法で転送の準備をする。
ミュリナが、教皇を一瞥する。
「貴方は……どうするのですか?」
「私はここに残る。裁きを受けるべきだろう。だが、願わくばその裁きが“教え”ではなく“真理”に基づいたものであってほしい」
教皇の言葉を背に、三人は転移の光に包まれて――
次なる決戦の地へと、消えた。