第42話 第2節「証印の間への侵入と対峙」
真聖堂の奥、一般信徒が立ち入ることのできない“祈祷中枢”は、王国でも選ばれた神官と教皇直属の聖騎士しか足を踏み入れることが許されぬ聖域だった。
だが今、その封じられた空間へと、二つの影が音もなく忍び込んでいた。
ルークスとジェイド。
二人は、聖堂に勤務する清掃員の装いを借りて裏口から堂内に侵入していた。壁の構造、巡回の間隔、結界の性質――すべては事前に“囁かれし者”が集めた情報と、ミュリナの補助魔術によって解析されている。
「こっちだ、“供物通路”を使えば本堂の裏に出られる」
ジェイドが囁く。彼の指す先には、香炉と賛美具が並ぶ倉庫の奥に隠された隙間扉があった。通常、儀式の際に祭壇へ供物を届けるために使われる道だ。
「気配は……三人、いや四人。気を抜くな」
ルークスは目を閉じ、魔力感知によって空間の波動を読み取る。神殿内には“感知妨害の迷彩結界”が張られていたが、彼の能力はその上からでも人の存在を掴み取っていた。
供物通路を進み、祈祷中枢に接続する“円環回廊”に出た瞬間、突如として空間が激しく振動する。
――ガッ!!
空間を切り裂くように、光の刃が真横から放たれた。
「見つかったか……!」
ルークスが反射的に身体を引き、ジェイドが一歩前へ出て盾魔術を展開。
「《シルヴァ・リフレクト》!」
淡い銀色の盾が形成され、放たれた光刃を受け止める。直後、柱の陰から三人の男たちが姿を現した。全身を銀装束で包み、顔には金の仮面を着けている。
「“教皇親衛聖騎士団”か……」
ルークスが睨む。彼らは表には出ない教会の影、異端や反逆者を粛清するためだけに存在する最上位の戦闘部隊だった。
「侵入者、汝らが踏み入れしは神の聖域なり。この穢れ、命にて贖え」
仮面の騎士がそう言い放った瞬間、ルークスは詠唱を挟まずに魔術を放つ。
「《雷哭の蛇》!」
放たれた魔術は雷の軌跡を描きながら蛇のようにしなり、先頭の騎士の胸に直撃した。
だが――その身体は崩れず、逆に雷を受け流したかのようにすぐさま反撃に転じる。
「結界反射……!?」
ジェイドが声を上げる。騎士の装備には、“聖域反転”と呼ばれる特殊な魔術干渉装置が組み込まれていた。魔術の一部を吸収し、即座に別方向へ反射する超高位の防衛技術。
「厄介だな……。だが、それがすべてとは思うなよ」
ルークスの手から放たれる魔力が変質する。蒼から紫、そして漆黒へと。その魔力の正体は、“重圧属性”――空間そのものを歪め、対象の動きを封じる“魔法概念干渉”だった。
「《虚重の檻》」
突如として重力の渦が形成され、仮面の騎士たちの動きが一瞬だけ止まる。その隙を突いて、ジェイドが背後から一人を斬り伏せ、ルークスが残る二人に魔力弾を撃ち込んだ。
「よし、今だ。証印の間へ!」
二人は一気に回廊の奥へと走る。
石造りの扉の前、光の結界が揺れていた。中央に埋め込まれた聖印が、静かに青く脈動する。
「ミュリナ、こっちは準備ができた。扉を――」
ルークスの言葉に、魔道通信の向こうから声が返ってくる。
『転送準備完了。ルーンを起動すれば、結界を強制中断できるはず。でも、時間は五秒だけ――!』
「十分だ」
ルークスはポーチから聖印模写の魔石を取り出し、扉の刻印に押し当てた。
バチバチと音を立てて、結界が崩れ始める。
「……開け、“証印の間”」
扉が静かに、だが重々しく開かれた。
その先には、金と白の光が満ちる円形の空間――そして、中央の台座に据えられた、一冊の聖印記録書と、真なる“教皇印”が輝いていた。
「これが……真実の中枢か」
だがその時、背後で再び殺気が炸裂する。
「来るぞッ!」
そして次の瞬間――真なる戦いが始まった。