第42話 第1節「神暦祭の幕開けと偽りの祝祭」
暁の鐘が王都に響いた。
街の中心、聖都広場にはすでに数千の群衆が詰めかけ、白金のタペストリーがはためく中、神暦祭の幕が静かに開かれようとしていた。
それは、神話の時代に人と神が盟を交わしたとされる“契約の日”を祝う、最大級の国家的祭典だった。
「……ここが、“真聖堂”……」
ミュリナが、白く輝く巨大な建造物を見上げて呟いた。尖塔が空を突き、純白の大理石で築かれたその聖堂は、まさに神の権威の象徴だった。
だが、その中枢では、長きに渡り真実が隠され、教義は都合よく歪められてきた。
「気を抜くな。俺たちは“賓客”じゃなく、潜入者だ」
ルークスが言った。彼の隣では、ジェイドが無言で頷く。二人はマグナ・ヘルツから入手した“貴族商人団体”の偽身分を使って、表門からの正規ルートで侵入していた。
一方でミュリナとセリナは、王族の慈善団体の“従属巫女”として裏手の管理門から堂内に入る計画だった。
「準備は整ってる。あとは……“祝詞”の時間に合わせて、情報を撒く。それが合図だ」
ジェイドは上着の裏から、数枚の写本のコピーを取り出す。《始源の聖典》から抜粋した“自由と共存”の教え――現在の教会が忌避する“本物の信仰”の言葉が記されていた。
「騒ぎが起これば、俺たちは堂内の“証印の間”に向かう。そこにある聖印原本を奪取できれば、教会の偽りを覆す決定的な証拠になる」
「証印原本は……確か、堂の最奥、“祈祷中枢”に収められているんだよね」
ミュリナが地図を確認しながら口にする。
「ええ。でもそこには、“神聖騎士団”の本隊が常駐しているはずよ。下手をすれば……生きては戻れない」
セリナの声は震えてはいなかった。むしろ静かな炎のように、固い意志を秘めていた。
「それでも、行かなきゃね。私たちは、あの“影の神殿”で真実を託されたんだから」
ルークスは一度、夜空を見上げる。まだ日が昇り切らないその空の下、鐘楼がまたひとつ鳴り響いた。
――神暦祭、開幕。
広場では、聖歌隊による祝詞が響き渡り、中央祭壇に姿を現したのは、王都最大の権力者――《主教カリオス》。
銀髪を後ろに束ね、荘厳な白の法衣に金の刺繍を纏ったその男は、群衆の前に立ち、ゆっくりと両手を掲げた。
「諸君。神の光は、いまここにある」
その声に、群衆は一斉に膝をついた。
「我らが歩む道は、神によって導かれし正しき道なり。選ばれし者よ、今日という日を祝福しよう――信なき者を拒絶し、真の救済を成すために」
荘厳な演説は、まるで民の歓喜を誘う音楽のように響いた。
だが、その裏で。
堂内の地下通路では、ルークスたちが静かに動き始めていた。
「始めるぞ」
ジェイドの短くも鋭い言葉とともに。
この祭典は――“偽りの教会”を倒すための、宣戦布告だった。