第41話・第5節「報復と覚悟」
神殿が崩れ落ちる轟音を背に、ルークスたちは黒殻街の裏路地へと姿を消した。夜の帳が王都に降りる中、追手の気配はまだ絶えず、空気は緊張に満ちていた。
「このまま逃げ続けても……いずれ包囲されるわ」
セリナが、息を整えながら言った。衣服は乱れ、頬に小さな切り傷が浮かんでいる。それでも瞳の奥には、諦めではなく闘志が燃えていた。
「……逃げないよ」
ミュリナが静かに首を振る。手には、崩れゆく神殿から救い出した《始源の聖典》の写本が握られていた。
「わたしたちは“真実”を手に入れた。なら……もう一度、この世界に問い直す必要がある。“信仰”って、本当に人を救うためのものだったのかって」
ルークスは彼女を見つめ、その背に確かな覚悟を見た。
あの森で出会った少女は、もういない。今ここにいるのは、己の信念で未来を選ぼうとする女性だった。
「だが、動くには時間が必要だ。王都全体が警戒態勢に入ってる。公に行動すれば……すぐに粛清される」
ジェイドの言葉は冷静だった。だが、その声音には焦りと怒りが滲んでいる。
「仲間が何人もやられた。あいつらはもう、ただの聖騎士じゃねぇ。“真実を守る”ために人を殺す正義を振りかざしてるだけだ」
「でも、それでも信じたいの。まだ、“耳を傾けてくれる人”がどこかにいるって」
ミュリナの声は震えていない。強さがあった。
ルークスは深く息を吸い、視線を空に向けた。夜空には月が昇り、薄雲が光を滲ませていた。
「……やるなら、徹底的にやる。中途半端な真実なんて、誰も信じない。戦う覚悟があるなら、俺も全力で協力する」
「ルークス……」
「だがそのためには、“反撃の舞台”が必要だ。王都の中央、《真聖堂》。そこが教会の象徴であり、権力の心臓部だ。もしあそこで真実を示せれば――」
「全てが変わるかもしれない」
ジェイドがうなずいた。
「真聖堂は警備が厳しい。でも、ひとつだけ手がある。“表の招待”を使うんだ」
「招待?」
「そうだ。王都では、三日後に“神暦の大祝祭”が行われる。聖女候補や神官、貴族たちが一堂に集う祭典だ。そこに紛れ込めば、真聖堂の中枢まで辿り着ける可能性がある」
「でも、どうやって?」
「俺たちには“裏の協力者”がいるだろ?」
ジェイドが口元を歪めた。
その名は――“マグナ・ヘルツ”。黒殻街の情報屋にして、かつて“王都の影”と呼ばれた元貴族の密偵。
「マグナは教会に恨みがある。信頼できるとは言わんが、こっちの情報と引き換えに“潜入手段”を提供してくれるだろう」
「賭ける価値はあるわ」
セリナが同意する。
「じゃあ、準備を整えよう。次に動くときが、“すべてを暴く”ときだ」
ルークスが立ち上がり、仲間たちを見回す。
ミュリナは写本を抱き、セリナは魔術具の封を確認し、ジェイドは新たな剣帯を巻き直した。
――三日後。
“真実”を告げる者として、彼らは王都の中心へと向かう。
まだ夜は明けない。だが、その闇の中に確かに、一筋の光が走っていた。