第41話・第4節「交錯する意志と神殿の崩壊」
神殿の奥で“神の記憶”との邂逅を果たしたルークスたちは、静かに本殿の扉を開けた。だが、そこに待っていたのは静寂ではない。激しい怒号と鋼のきしみ、そして血の臭いだった。
「来たか……教会直属、王都聖騎士団」
ジェイドが舌打ちをする。すでに十数名の騎士が神殿内に突入してきており、背後からはさらに援軍が続いている。
「“神の記憶”の解放反応を感知されていたんだ。ここが“聖地”と認識されたら、王都全体が焦土にされる」
ルークスは水晶柱から得た光の紋章を左掌に浮かべながら、敵陣へ視線を向ける。その輝きは微かに脈動し、彼の魔力と同調していた。
「不敬者ども、聖印を返上し、神の前に跪け!」
最前列の騎士が、金の十字剣を掲げて吠える。その背には、青銀の鎧を纏った中年の女騎士が立っていた。聖騎士団副団長――“蒼鋼のリディア”。
「貴様らが持ち出したものは、聖なる封印を破壊した禁忌だ! 全員、その場で討伐対象とする!」
「討伐対象? お前たちにその資格があるのか」
セリナが印を結び、周囲の魔力を操作し始める。
「あなたたちが信じている“聖典”は、真実の皮を被った“支配の教義”にすぎない!」
その言葉に、一部の若い騎士たちが顔を曇らせる。
だが、リディアは迷わなかった。
「教義に疑問を持つ者は“裏切り者”だ。神に従う者として、それ以外に道などない!」
「……なら、話す必要はないな」
ジェイドが剣を構えた。
そして、火蓋は切って落とされた。
金属のぶつかり合う音が本殿に響く。炎と氷、風と闇、そして光の魔法が入り乱れ、神殿内部はまるで戦場のようだった。
ルークスは、水晶から継いだ紋章を使って空間を制御し、ミュリナとセリナを守る。ミュリナは治癒魔法と聖印の浄化力を重ねて負傷者を庇い、セリナは障壁と符術を用いて戦線を維持する。
ジェイドは、リディアと一騎打ちを繰り広げていた。
「……剣技だけは、認める!」
「うれしくないな。だが、お前の刃は“信仰の鎖”に縛られている!」
戦いは拮抗していたが、神殿そのものが限界に達していた。
神の記憶を解放した影響で、壁面にひびが入り、上部から瓦礫が落ち始めていた。
「このままじゃ、崩れるぞ!」
「逃げるなら今しかない!」
ミュリナの叫びに、ルークスは深く頷いた。
「撤退する。ここはもう、“記憶”によって役目を終えた」
ジェイドが剣を下げ、最後にリディアと目を合わせた。
「お前が本当に信仰を持つなら――“疑うこと”から始めてみろ」
言い残し、彼らは神殿から脱出を始めた。
瓦礫が崩れ、天井が落ちていく中、ルークスは最後に水晶柱のあった場所を振り返る。
そこには、もう何も残っていなかった。
ただ、微かに光の粒子だけが残り、風に乗って彼の肩に舞い降りた。
「――ありがとう」
彼はそう呟き、振り返ることなく闇の中へと走り去った。
“影の神殿”は、ついに崩壊した。
だがその記憶は、彼らの心と手の中に、確かに刻まれていた。