第41話・第3節「神の記憶との邂逅」
重厚な扉が、鈍い音とともに開かれた。
その瞬間、空気が変わった。まるで別の次元へ足を踏み入れたかのように、光も音も、現実のものとは思えないほど歪んでいた。
本殿内部は、静寂の中に異様な神聖さが満ちていた。天井は高く、淡い蒼光が空間全体を包んでいる。壁一面には古代文字が刻まれ、中央には巨大な水晶柱が立っていた。その中心には、揺らめくように“何か”が封じられている。
「……あれが、“始源の記憶”か」
ルークスが呟いた。
ミュリナは無意識に手を握りしめ、セリナは足を止めて構えを取る。ジェイドだけが一歩前へと出た。
「気配が……生きてるな」
すると、水晶柱の中の光が脈打つように波打ち、突然、全員の脳裏に直接語りかける声が響いた。
――“我は、原初にして最後なるもの。忘れ去られし、神の記憶なり”
その声は、言葉を越え、意識の深層へと直接流れ込んできた。
「……これは、記録魔術ではない。生きた記憶そのものだ」
ルークスはそう確信した。
視界が白に染まり、次の瞬間、彼らの意識は世界の“始まり”へと引き込まれた。
そこは――
天空に幾重もの光が差し、あらゆる種族が肩を並べ、争いも偏見もない楽園の光景だった。神は微笑み、平等に知識と魔力を与えていた。人も、魔族も、獣人も、皆が“共に在ること”を尊んでいた。
だが――
ある者が現れた。人の王にして、最初の異端者。“選民”を口にし、“力ある者こそ神の代行者たれ”と説いた。
教義は分裂し、争いが生まれた。
神は涙を流し、その光を大地に戻した。だが人は神の不在を利用し、“聖典”を書き換え、都合のよい形で“神の声”を再構築した。
「……これが、教会の正体……か」
ミュリナの声が震える。彼女が信じていた“神の慈悲”は、作られた幻想に過ぎなかったのだ。
水晶柱の記憶が、彼らに語る。
――“真なる光を継ぐ者よ。汝らは選ばれしものではない。ただ、知った者にすぎぬ”
「なら、選ばれたか否かじゃない……俺たちが、どう動くかだ」
ルークスの言葉に、記憶は再び反応する。
――“汝の選択が、次なる“分岐”を創る。赦しを求めるか、裁きを下すか。その意思が、次代の神話となろう”
空間が揺れ、水晶柱が徐々に光を収めていく。記憶は彼らに全てを伝え終えたのだ。
扉の向こうでは、すでに騎士団の残党が本殿に殺到しつつあった。
「もう時間はない」
ジェイドが剣を抜き直し、セリナが印符を口にくわえる。
「……行きましょう」
ミュリナが立ち上がる。もう、目に迷いはない。
「私たちは、この真実を――世界に伝えるために戦う」
「この“記憶”を持ち帰る」
ルークスが最後に一言、静かに誓った。
光の柱が彼の手の中へと収束し、ひとつの紋章へと変化する。
それは“神の記憶”を継ぐ者の証――
世界が、動き始める音がした。