第40話・第1節「審判の番人との死闘」
その存在は、神殿の空間すら異質なものに変えた。
巨大な魔像――否、“神罰機構”。
神の名の下に作られし、絶対の守護者。
全高三メートルを超える漆黒の躯体に、神紋を刻まれた黄金の仮面が嵌められている。六本の腕にはそれぞれ異なる武具――大剣、戦斧、長槍、盾、鎖鎌、そして最後の一本は純魔力で形成された“概念刀”が浮かぶように握られていた。
「……おい、どう見てもラスボスだろこれ……」
ジェイドが苦笑を浮かべつつも、冷や汗を流す。
「これは“試練”というには、あまりに本気すぎる……」
ルークスは即座に分析を開始しつつも、魔像から放たれる“殺意”に全身が総毛立つのを感じていた。
「構成魔術数……六層同時稼働。物理無効領域展開済み。属性抵抗、魔力遮断……これ、真正面から戦ったら全滅する」
「でも、やるしかないんでしょ?」
ミュリナが震える声で、しかしその目に怯えはなかった。
「うん、ここで退けば、記録は失われる。だから……突破する」
ルークスの声に、全員がうなずく。
戦端は、音もなく開かれた。
最初の一撃は、“概念刀”による空間断絶。次元を切り裂くような攻撃が一直線に放たれ、ジェイドが咄嗟に盾で受け止めるも、そのまま後方へ吹き飛ばされた。
「……くっ、やべぇ、腕が痺れた……!」
「ジェイド、下がって! 私が回復する!」
ミュリナが光の術式を構築する。しかし、その隙を突くように魔像が瞬間移動し、ミュリナを狙う――
「させるかぁっ!!」
セリナが弓を引き、時間差で三本の魔力矢を撃ち込む。それがギリギリで魔像の視界を塞ぎ、ミュリナは事なきを得る。
「攻撃を誘導しながら、反撃を重ねる! 正面からの突破は無理でも、僅かな隙は作れる!」
ルークスは高速詠唱を発動。空間に連続して「虚構」の魔術式を展開する。擬似的な幻影を作り、敵の認識に干渉する戦術魔法だ。
「今だ、ジェイド、右脚の関節部を狙え!」
「任せろ!」
再び立ち上がったジェイドが、大剣を振り抜く。ルークスの幻影で迷った魔像の注意が逸れた瞬間、右脚に一撃が命中。鋼鉄の外装にひびが走る。
「効いてるぞ……! あと数発で――!」
だが、次の瞬間。
魔像の全身に黒い紋章が浮かび上がった。六本の腕が旋回を始め、光と闇の混合魔術陣が空間全域を覆う。
「ヤバい……これは、“空間消去式”!」
ルークスが全員に叫ぶ。
「全員、中央に集まれ! 結界を重ねて耐えるぞ!!」
ミュリナ、セリナ、ジェイド、囁かれし者――全員が集結し、ルークスが即座に五重の結界を展開。その直後、神罰機構から放たれたのは、空間そのものを“初期化”する魔力の奔流だった。
――世界が、一瞬、無となる。
次の瞬間、全員が膝をついた。
「……っ、はぁ……はぁ……これ……一発で城一つ消えるぞ……!」
「でも、何とか……防ぎきった……!」
ミュリナがかすれた声で叫ぶ。
「いける……勝機はある!」
ルークスは立ち上がり、蒼白の魔力を指先に集める。
「“終極演算魔術式”――展開開始」
彼が放つは、彼自身すら一度も実戦投入していなかった最後の切り札。
「行くぞ……神罰を越え、真理に辿り着くために――!」
中央聖印管理庫の最深、記録を守る番人との戦いが、今まさに終局へと突入しようとしていた。