第5話・第1節「外の世界との接触と探索」
朝霧が薄く漂う森の空気は、ひんやりとしていて、どこか凛としていた。
廃墟の崩れたアーチの隙間から差し込む陽光が、灰色の石床を静かに照らしている。
ルークスは剣を腰に下げ、荷をまとめていた。
その動きには慎重さと計画性があった。軽装。だが、決して油断のない装備。
「……外に出るの?」
焚き火の番をしていたミュリナが、そっと問いかけた。
「少し探索してくる。ここから東へ半日。地図も情報もないが、魔力の流れを辿れば、何かしら“人の痕跡”に行き着けるはずだ」
ルークスは火のそばに腰を下ろし、ミュリナの視線を真っ直ぐ受け止めた。
「帰るのは、夕方にはなる。できるだけ早く戻る。……ここで、待っていられるか?」
ミュリナは数秒黙ってから、はっきりと頷いた。
「はい。……でも、気をつけて」
その言葉に、ルークスは小さく笑って立ち上がった。
「任せとけ」
森の奥へ踏み出す足取りは、決して迷いのあるものではなかった。
かつて、命令と締切と疲弊の中で歩かされた足とは違う。
今、自らの意思で選んだ道を、自らの速度で進んでいる――それが、何よりの違いだった。
森は深かった。
だが、異様な静けさの中にも、確かな“変化”があった。
小動物の足跡。苔を避けるように踏まれた獣道。折れた枝と踏みつけられた根。
風の向き。空気の重さ。そして、何より──“魔力の流れ”。
ルークスの体が、それを感じ取っていた。
地脈というべき魔力の通り道。それが、南東へ向かって微かに伸びている。
「……やはり、この森には何かある」
慎重に進みながらも、彼の中には高揚感があった。
未知を前にした恐怖ではない。むしろ、それを“解き明かしたい”という知性の欲求に近かった。
しばらく進んだ先、森がふいに開けた。
谷間のように削れた地形の先に、小さな石碑が佇んでいた。
周囲は崩れかけた遺跡のような石柱。中心には、かすれた文字と魔法陣が刻まれた台座。
「これは……“封印式”の残滓?」
ルークスが魔力を注ぎ込むと、石碑の文字が微かに発光した。
古い。だが、ただの装飾ではない。
《ここは第七防衛境界。これより先、ヒュベルノ王国監視下区域。無断侵入者には“浄化の裁き”を──》
「……ヒュベルノ王国。国家名か」
ルークスは記憶に刻んだ。
この森の外には、組織的な管理と国家の影がある。つまり、ここは世界の“辺境”であり、まだ“外”があるということだ。
その瞬間、遠くから何かの気配がした。
馬の嘶き。複数の足音。鎧のきしむ音。
兵、だ。少なくとも三人以上。森に慣れた動き。偵察か、巡回か――いずれにせよ、接触は避けたい。
ルークスはすぐに影へと身を隠し、気配を消す。
やがて、木立の間を、ヒュベルノ王国の紋章を掲げた兵士たちが通過していった。
──世界は、動いている。
彼は確信した。
この森は孤立した空間ではない。外と繋がり、流れの中に置かれている。
ならば、ミュリナのような存在も、“偶然”ではなく“必然”なのだ。
「戻ろう」
情報は十分に得た。無理な接触は避け、次の探索に備える。
帰路についたルークスの足取りは、行きよりもわずかに速く、そして静かだった。